文体のリズムと圧倒的な筆力 『パンク侍、斬られて候』 (町田康著 角川文庫)  2017/3/3

 

天才・町田康を証明するに相応しい名著といえる本編『パンク侍、斬られて候』、それは本当に見事というほかない。
シュールリアリズムの奇才、あのサルバドール・ダリでさえびっくりするほどのパラドックスは時代めいた言葉や気の利いた設定からして時代小説のように受け取れるかもしれないが、じつは現代社会が抱えた問題を浮き彫りにするきわめて現代的な小説といえるのだ。

物語は江戸時代。街道沿いの茶店に腰かけていた一人の牢人が、そこにいた盲目の娘を連れた巡礼の老人を「ずばっ」と斬り捨てることからはじまり、その後どういういきさつでか目が見えるようになったその娘(ろん)に竹ベラで刺され仇討ちされるまでを描いたものである。だが、その展開たるや奇想天外。まさしく町田ワールドそのものであり自前のパラドックスが炸裂することになる。
居合わせた黒和藩士長岡主馬に理由を問われた掛十之進なる牢人は、老人がこの地に恐るべき災難をもたらす「腹ふり党」の一員であることを察して事前にそれを防止したのだと告げた。
「腹ふり党」とは何か、といえば本当にバカバカしいまでに滑稽な新興宗教のようなものなのだが、「腹ふり」を行うことによって人々は真正世界へ脱出できると説くのである。赤瀬川原平のあの“缶詰のラベル”のように、彼らはこの世界はじつに巨大な条虫の胎内にあってこの世界で起こることすべてが無意味であるという。すなわち、彼らの願いは条虫の胎外、真実・真正の世界への脱出であり、その脱出口はただひとつ条虫の肛門だというからこれはたまらなくシュール。うたがう人はイメージしてみるといい。

「腹ふり」とは一種の舞踊で、足を開いて立って、やや腰を落とす。両手を左右に伸ばして腹を左右に激しく揺すぶる。首を前後左右にがくがくさせ、目を閉じて「ああ」とか「うーん」などと呻く。これを集団で行うというから本当にすごいのだ。また、腹ふり修行の途中で死ぬことを「おへど」というから、オウム真理教の「ポア」が想起される。おそらくはこの前代未聞の事件が意識されることもこの小説の軸になっているといえそうだ。
掛十之進は黒和藩に召し抱えられ流行するとふれまわった「腹ふり党」勢力を抑え込むよう画策するが藩内の複雑な事情もあって、人語を喋る猿のひきいる猿軍団とともに暴動化暴徒化した「腹ふり党」の元幹部もはや教祖となった凶暴な茶山半郎らと闘う構図となっている。こんな展開とても説明できるものではない。
とにかく奇想天外、偏執狂的でパラドクシカルな展開の中にも現代を風刺した鋭い問いを織り交ぜているところがおもしろいのだ。
「あなたがたは権力者を恐れますか。恐れる必要はありません。もし領主、僧、主人、代官、家主、庄屋、親方、親分があなたがたを迫害してもあなたがたは恐れる必要はありません。なぜなら、彼らがあなたがたを迫害した瞬間、おへどとして虚空に排出されるからです。祝いなさい。振りなさい」
「うおお」群衆が再度、歓声を上げると同時に、どんどんどんどんどんどんどんどん。どんどんどんどんどんどんどんどん。太鼓の拍子が切迫、人々は狂ったように腹をふりはじめた。こうなると勢いは止まらない。(本文p200)

茶山半郎の掛け声とともに民衆はバカになった勢いで街をめちゃくちゃにするのだ。このように発想と展開の自在性とともにやはり文体のリズムと圧倒的な筆力がすごい。それは本当にほんとうに見事なのであります。

 

夢想と現実が錯綜する世界『その姿の消し方』(堀江敏幸著 新潮社) 2017/1/20

もの静かで繊細、そのうえ美しくも知的な時間の流れを感じさせる独特の文体。

まさしく堀江文学のエスプリが随所に感じとれる短編集で、巻末の初出一覧をみると主に「新潮」「yomyom」「文學界」などに2010年から5年間かけて発表したものらしい。

フランス留学時代、古物市で手に入れた、1938年の消印のある古い絵はがき。廃屋と朽ちた四輪馬車の写真の裏に書かれた謎めいた十行の詩。

 

引き揚げられた木箱の夢

想は千尋の底海の底蒼と

闇の交わる蔀。二五〇年

前のきみがきみの瞳に似

せて吹いた色硝子の錘を

一杯に詰めて、箱は箱で

なく臓器として群青色の

血をめぐらせながら、波

打つ格子の裏で影を生ま

ない緑の光を捕らえる口

 

あるいは、また・・・

 

遠い隣人に差しだす穫れ

たての林檎。の芯に宿る

シードルのコルク栓。固

く身をよじる円筒の縞に

流れる息、吐く吐かない

吐く息を吸わない吸う息

を吐かないきみの、太古

の風。巨大草食獣の浴び

た風がいまも吹く丘の麓

にいまもなお吹き過ぎる

 

戦乱の20世紀前半を生きたアンドレ・ルーシェなる会計検査官の詩と交差するように現在を生きる「私」。本著はこの「詩人」の影を追うように展開される仕組みとなっている。

 

消えた町、消えた人物、消えた言葉は、…(略)永遠に欠けたままではなく、継続的に感じとれる他の人々の気配によって補完できるのではないかといまは思いはじめている。視覚がとらえた一枚の画像の色の濃淡、光の強弱が、不在をむしろ「そこにあった存在」として際立たせる。(本文p121)

 

したがって、人の記憶や思惑は様々な新しいドラマを生成することになる。まさしく、堀江敏幸ならではの独特の文体とスタイルといえるだろう。読んでいて本当に不思議な時間体験をしているようで心地いいのだ。著者は『回送電車』で自らの文学にふれ、その立脚点について主義とも宣言ともいえる次のようなおもしろい発言(回送電車宣言)をされている。

・・・特急でも準急でも各駅でもない幻の電車。そんな回送電車の位置取りは、じつは私が漠然と夢見ている文学の理想としての、《居候》的な身分にほど近い。評論や小説やエッセイ等の諸領域を横断する散文の呼吸。複数のジャンルのなかを単独で生き抜くなどという傲慢な態度からははるかに遠く、それぞれに定められた役割のあいだを縫って、なんとなく余裕のありそうなそぶりを見せるこの間の抜けたダンディズムこそ《居候》の本質であり、回送電車の特質なのだ・・・と。

 

ところで、本著において堀江さんははじめて「夢想」という表現をされていますが、とても新鮮な気がしました。たしかに、これまでにもふと知り合った人物や偶然手にしたもの、実在する写真家や作家のエピソードと著者自身の記憶を辿るようにパラドクシカルな展開が不思議な地平に誘ってくれていますが「夢想」と規定される言葉ではなかったように思います。

本著ではまさしく「夢想」するように、ふとしたことから古物市で手にした一枚の“絵はがき”がきっかけとなって、記憶を引きずるようにパラドクシカルな思惑と現実が錯綜する独特の世界が広がっています。

どうぞ、この不思議な読書体験、心地いい時間体験をお楽しみください。

 

 

この世界の片隅に 2016.12.07

映画『この世界の片隅に』(片渕須直監督脚本作品)はとてもいい作品だった。ひさしぶりに広島の八丁座でみたのだが火曜日にもかかわらず昼間でも多くの観客の入りに驚いた。

この作品の舞台が広島であることだけでなく、今の世界の動向が経済的にも政治的にも戦後70年の民主化の反動ともとれる排外的で不寛容な右傾化を意識し、この作品によせる特別な思いをもつ人が多かったということなのだろうか。

なるほど、この作品では時代考証や背景、人々の日常そのものが徹底した調査と裏づけ、さらに多くの関係者の協力によって丁寧につくられたことがよく分かる。

ものがたりは広島の江波に生まれた浦野すず(18歳)が呉市の北條家に嫁ぐところからはじまる。いうまでもなく当時の呉市は戦艦大和の母港、日本海軍の一大拠点で軍港の街として栄えた。小さなころから絵を描くのが好きで、そのことで幼なじみとのエピソードも描かれているが、北條家では優しい両親と海軍勤務の文官・周作のもとで近所の人々にささえられながら一生懸命に生きていく。その家に出戻ってきた義理の姉・径子は厳しかったが、かわいらしいその娘・晴美をよくかわいがった。

物資が乏しくなり配給も減っていく中、すずは工夫を凝らして食卓をにぎわせ衣服をつくり直し、好きな絵を描く。あるとき、その絵が憲兵にみつかって大さわぎになる。

そのほか、道に迷い遊郭街に迷い込んで遊女のリンと出会ったり、重巡洋艦「青葉」の水兵になった同級生の水原哲が訪ねてきて夫の周作とともに複雑な想いを抱えたりする。

戦争はますますはげしくなり、軍港の街・呉市は米軍の大空襲を受け壊滅的に破壊される。晴美を連れていたすずは街中でその爆弾に吹き飛ばされ自ら右手を失い晴美を死なせる。

そして、昭和20年の夏広島に原子爆弾が投下されすずたちは玉音放送を拝聴するのだった。

日本は戦争に敗けた。広島の妹は被爆、父も母も失ったすずは、それでも北條家で懸命に生きていくことになる。

この作品ではアニメーション映画という手法も効果的で、たとえば『野火』(塚本晋也主演監督作品)のような生々しい戦争の悲惨さとその実態を描くというよりも、むしろ日々の暮らしを一生懸命に生きることの尊さ、美しさ、健気さが見事に描き出されている。そのことは片渕須直監督が説明するように「戦争の最中であるがゆえに、ふつうの日常生活を営むことの切実な愛しさが眺められる。」ということなのかもしれない。

それゆえに、すずの声を演じた女優のんはその意図をみごとに演じてみせたといっていい。

戦中のこの期間を「異胎の時代」というかもしれないが日常を生きた人々はこの戦争をどのように感じ理解していたのか、とぼくはいつも思う。戦死した者の遺骨がかえされ敗戦が目の前にあっても、召集令状を受け取って「おめでとう」と送り出すことの現実をどうとらえていたのかと思う。

まだ、そういう作品をみたことはないが、この国が戦後70年をすぎて国会での論議をつくすこともなく強行採決し、平和憲法を無視するように戦争のできる国になろうとする現状を重ねてみれば、これを異胎といえるほど特別な事態とは思えない。

つまり、今の政権がこれだけ高く支持されるということは、すずが戦禍の中で一生懸命生きた昔も今も何一つ変わってはいないのではないか、とやりきれない気持ちにさえなってくる。

けだし、この映画はぼくたちの日常について考えさせ、豊かさ、美しさ、その尊い生きざまについて考えさせる感動的で傑出した作品といえるのではないか、エンディングの感動と充足感がそのことを証明している。

 

文学への覚悟と決意  『額の中の街』(岩瀬城子著 理論社) 2016/10/24

久しぶりにこの本を読み直してみた。1984年が初版とあるから32年ぶりということになる。それというのも当時34歳になるこの著者が作家としての立ち位置を決定づけるほどの覚悟と決意を感じさせたという強烈な印象をもっていたからかもしれない。

尚子、14歳、父アメリカ人。弟からの手紙、母の再婚の兆し、友の妊娠、街の女の死・・・・ 多感な少女の思春期を鮮烈に描く。

本著に添えられたこの帯をみたときのインパクトは本当に衝撃的だった。それはセンセーショナルで凄みすら覚えるほどの感動と衝撃をぼくたちに与えた。その後、この作家の著作にふれることは多々あったのだが、本著『額の中の街』には基地の街に存在する混沌と殺伐とした情景にかさねてそこに住む人々特有の複雑な心情が生々しく描かれていて、それは緊張感と広がりを感じさせると同時に力強さと臨場感をもつという点できわだっていたと記憶している。それゆえに、単にひとりの少女の成長物語として括られるものではなく、いわゆる児童文学のカテゴリーにおさまりきらない不思議な魅力を感じさせるところがあった。
あらためて、いま読み直してみるとその印象はますます強くなるばかりで、そのことは殆んど確信的にさえなってきた。

それにしてもこの本が児童書として出版されたことを思えば、それこそまさしく驚嘆に値することかもしれない。出版された当時の話題もおそらくそのことばかりになっていたように思われるけれど、いまから考えてみればそれは本当に感動的であり不幸なできごとというほかない。なぜなら、その後の状況をかるく振り返ってみるとよく分かる。
たとえば、『蹴りたい背中』が2007年に出版されたことだけでも、本著はまさしく20年早すぎた作品といえそうな気がしてくるのだ。それはつまり、児童文学という秤(はかり)で秤きれる代物ではなかったというべきかもしれない。だれを対象にしたものか、児童文学といえるのか、その概念や規定さえ不透明なままそのことだけが話題にされたように思う。
ここでは、物語の中心となる尚子の成長と少女の現在が描かれているようでありながら、必然的といえるほど米軍基地を抱える街それ自体の現在をもほとんど等価なものとして描かれていることがよく分かる。
けだし、この作家を創作へと突き動かしている熱気のようなものが例えば取材等々による知識や情報という後天的なものではなく、もはや血肉となった性(さが)ともいうべき感覚に動機づけられているといっていい。この作品に緊張感と広がり、さらに臨場感と力強さが読みとれる不思議な魅力を感じる所以がそこにあるのではないか、ぼくはそう思う。

やあ、スージィ。元気かい。まさかボクのこと忘れてしまっちゃいないだろ。こんな、ちゃんとした手紙を書くのは初めてなので、びっくりしているんじゃないのか。ボクは元気でやっている。ボクはスージィやママのことは忘れちゃいないよ。ボクのともだち(フレッドとマーク)は、はじめぜんぜん信じていなかったくせに、いまじゃ、二ホンに行くときゃ一緒だぜ、と言っている。二ホンに姉さんと母さんが住んでいるなんて、カッコイイとも言ったよ。・・・・略(本文p3)
自分は昔、スージィと呼ばれ、この弟と暮らしていたことがある・・・・それはずっと昔、何十年も昔のことのようだ。記憶は干涸びていて母親が話す子供時代の話のように、ぼんやりとした現実感しかよびおこさなかった。尚子は引き出しをさぐって、白い額に入った弟の写真を取りだした。額のガラスが埃で曇っている。手の平で埃をぬぐい、鼻を近づけてみた。なんのにおいもしない。ガラスの内側に小さな水滴がいくつもついていた。・・・・・(本文p5)

ティムと同じアメリカ人の父をもつ姉スージィの尚子は、二ホンという国で母とともに“基地の街”でニホン人のふりをして生きると決めて暮らしているのだが、シリアスで混沌とした現実に戸惑いながら成長する複雑な状況が生々しい迫力で描かれている。また、“額の中の街”すなわちアメリカに暮らす弟ティムとの間で交わされる手紙のやりとりもきわめて効果的に作用しているように思う。

母は黙々と肉を口に運んでいた。少しも楽しそうではない。尚子にはときどき、母が楽しくないことばかりしているようにみえる。見くだしているくせに若いヘイタイと遊び、あとで必ず硬くてまずいと文句を言うくせに軍隊のクラブで肉を食べている。母の求めているものが尚子にはわからなかった。・・・・・(本文p51)
巨大な黒い鳥が尚子の目の前を滑走し、空へと舞い上がっていった。尻から火を噴きながら、ゆっくりと暗い空めざして飛び立ち、そのまま闇を突き進んでいった。尚子は、体を起こそうともしない母の傍にしゃがみ込むと、暗がりの中に立っている男の影を見上げた。影は、ふん、と嘲るように笑った。「穢ねぇ親子だなあ。うす穢なくて付き合っていられないよ。てめぇらのような、盛りのついたメス犬の親子の食い物にされちゃかなわないよ」怒ったような声だった。「いいか、これでなくてもオレたちは汚いアジアの国の、てめぇらみたいなアジア人を助けるためにかりだされて来ているんだぜ。それだけで充分憂鬱なんだよ。・・・・略」
男が立ち去ると、尚子は母を助け起こそうと手を差し出した。母は邪険にその手を払いのけた。「この馬鹿、あたしを馬鹿にするんじゃないよ」それが男に向けられたものなのか、尚子に向けられたものなのか、尚子にはわからなかった。(本文p108)

混沌の中で揺れうごく基地の街に生きる人々の複雑な心情、ひとりの少女の眼をとおして描いた現代社会が直面する今日的な諸問題、その現実をかくもリアルに臨場感をもって描いた作品があるだろうか。研ぎすまされた感性とも性(さが)ともいうべき文学への意志と覚悟が感じとれる傑出した小説といえる。

ジャクソン・ポロック 2016.10.12

アメリカの美術について考えるとき重要なエポックメーカーとしてこの作家を見逃すことはできない。とりわけ、戦後のアメリカ美術において抽象表現主義にいたる前段階を駆け抜けたアクションペインティングをアシール・ゴーキーやデ・クーニングとともに達成した功績はアメリカ美術の大きなターニングポイントであったことを否定する人はいない。

ポロックのドリッピング絵画が原住民アメリカインディアンの砂絵にヒントを得たかどうかは知らないけれど、この手法が理論的にもそれまでの抽象絵画とは異なるアクションペインティングのあり方を完全な様式として体現したものであることは間違いない。また、ドリッピング絵画はオートマティズムという絵画表現における主知的な方法論とは別次元のいわば自然現象ともいえる均質空間を成立させオプティカルな要素も指摘されてきた。

とりわけ、ポロックのドリッピング絵画が壁画と同化するほどの巨大な絵画空間を実現させたこともアメリカの抽象表現主義絵画へ与えた影響は特筆されていいのではないか。

このアーティストのまとまった展覧会を観たのは確か2012年の4月、東京国立近代美術館で行われた「ジャクソン・ポロック展」だがとてもいい展覧会だった。それまでにもいくつかの作品に接する機会は何回かあったのだが、初期の具象的な作品からブラックポーリングの作品まで堪能することができてうれしかった。

これらの抽象絵画は、世界恐慌の果てに戦後アメリカにおけるニューディール政策WPA(連邦美術計画)の一環として、アーティストがメキシコの壁画制作やポスター制作など公共事業の仕事を得たことに起因するともいわれている。この仕事にポロックやデ・クーニング、ロスコやガストンら多くの若いアーティストたちが参加したという事実から察してもこれを偶然とはいえそうにない。

一方、ヨーロッパから亡命してきたキュビズムやシュールリアリズムのアーティストたちの影響もけっして無視することはできないだろう。戦後アメリカが世界の大国へと成長し発展していく中で、世界美術の主導権を手にする条件は状況的にみてもすべて整っていたといっていい。

その頃、日本では関西の神戸を中心に誕生した吉原治良や白髪一雄らの「具体」、ヨーロッパでは「アンフォルメル」といった絵画運動が吹き荒れていた。
一方、ネオダダといわれたジャスパージョーンズやラウシェンバーグらの台頭からアメリカ美術の動向は時代の流れと重なるように産業社会の構造的変化とともにポップアートへと展開され、ポップの申し子アンディ・ウォーホールへと受け継がれることになった。

ここで、あらためてポロックに注目してみよう。ジャクソン・ポロックはドラッグかアルコールが原因だったか定かではないが、自ら自動車を運転中フルスピードで激突し44歳の若さで即死したという。1956年の悲劇だった。

アンドレ・ブルドンによってシュール宣言がなされたのが1924年、日本の具体美術宣言が1954年、その宣言では同時代のあらゆる絵画が全否定され、ただプリミティヴアートの可能性にはやや肯定的な眼が向けられている。同時にヨーロッパではアンフォルメル運動による非具象的な絵画の動向が注目されていたのだった。ジャクソン・ポロックはそういう時代のエポックとなった先駆的なアーティストだといえる。

 

 

読後に広がるさわやかな余韻 『マルの背中』(岩瀬城子著 講談社』 2016/10/7

ときどき、子どもの視線やその眼差しについて考えることがある。子どもの造形における立体的空間の描写で子どもたちはよくピカソやブラックたちのキュビズムに似た絵を描くことがあるけれど、これは視点変更とか自己中心的に描かれる旋回とか転倒という様式として理解されてきた。もちろん、表現主義的な近代絵画のそれとはちがい大人の描出の単なる過ちでもなく、原初的な感覚そのものに起因しているといわれている。子どもの眼はそれだけ直線的で物ごとの核心に直接ふれあうことができ、信じる力の度合いも高いといえるのかもしれない。
たとえば、映画『泥の河』のノブちゃんやキッちゃんの眼、ビクトル・エリセ監督作品『ミツバチのささやき』のアナの眼、佐野洋子『右の心臓』のヨーコの眼のように、一瞬にして世界を知ることができるあの眼がこの物語に登場する亜澄にもそなわっているような気がする。とりわけ、信じる力の度合いが高ければそれだけより大きく感情は揺さぶられ動揺する。信じる力の度合いとは受け止め反応する対応の状態のことだが、それだけ全身で世界と向きあっている気がするのだ。
物語は親の離婚によって弟の理央や父と離ればなれになり、母と二人でくらす小学三年の亜澄を軸に展開される。日々の生活を切りつめる過酷な状況の中でも母の言いつけをまもり、健気で、愛おしく、切なく、力強い、という印象さえ読者に与える。
ここでは、「一緒に死のうか」という母のことば、「ゾゾが守ってくれる」という理央のことば、「抜け殻王に叱られるぞ、呪われるぞ」というシゲルくんのことばを全身でうけとめそのことばに支配され、疑うこともなく信じることで頭がいっぱいになる亜澄がいる。理央がいうゾゾって何だろう?抜け殻王って?とおもう亜澄がいる。
ふとしたことから亜澄は近くにある子どもたちが“ナゾの店”と呼ぶ駄菓子屋のおじさんから飼っているマルという猫を預かることになる。

マルをなでる。マルの体からグルグルと音が聞こえはじめる。マルの耳をなで、首の後ろをなでる。マルはわたしにぴったりくっついて動かない。マルがわたしに何か言ってる気がする。ぼくがここにいる、と言ってるような気がする。(本文p99)

弟の理央への想い、母がいなくなるという不安、いろいろな思いを抱えながらも亜澄はマルにささえられるように過ごす。だが、“ナゾの店”のおじさんにマルを返すことになってしまうが、亜澄はそのときはじめて理央のいうゾゾのことが分かった気がした。
けだし、子どもは常に眼前の事実に体ごと全体でむきあい、ありったけの感覚をつかって世界を体験し認識し成長するのかもしれない。そして、物語はこのよう静かに閉じられている。

マルの中からグルグルと聞こえてきた。わたしはマルを抱いている手に力を入れた。ギューギュー。マルの音がしだいに大きくなる。お菓子の瓶やガラスケースを拭いているおじさんに背を向けて、わたしは戸口のほうを向いた。ガラス戸ごしに公園のブランコが見える。滑り台も見える。桜の木も見える。桜の葉が風に揺れている。白っぽい土の小さな公園には誰もいなかった。(本文p164)

まぎれもなくこの作家が到達した独特の世界がここにある。きわめてシリアスな物語でありながら読後に広がるさわやかな余韻が心地いい。

 

心地いい不思議なリズムと感動『タンノイのエジンバラ』(長嶋有著 文春文庫) 2016/9/30

この小説を読んでいると歯切れの良さと心地いい不思議なリズム感とでもいうべき独特の調子を感じることがあった。いつだったか、村上春樹が「文章と音楽との関係」について、文章にはリズムが大切という面白い指摘をしていることを思い出した。多くの批評家はそのことをあまり指摘しないともいっていたようにも思う・・・。

長嶋有の作品は『愛のようだ』に続けて読んだ本著がまだ2冊目でしかないが、おもしろい小説家だと思った。

登場してくる固有名詞について、福永信は「居心地の悪さ」として解説いているけれど、ぼくはこの作家特有の文体がもつリズムをもたらすアクセントとして作用しているように感じることがあった。

スピーカーやオーディオメーカーのことはほとんど知らないのだが、タンノイのエジンバラというスピーカーやCD、漫画や小説のタイトルや作家名、バルセロナの観光地や建築家の固有名詞などがテンポよく次々とでてくるのもおもしろい。

ここでは4つの短編、すなわち「タンノイのエジンバラ」「夜のあぐら」「バルセロナの印象」「三十歳」という物語が収められているのだが、いずれも甲乙つけがたい代物でおもしろいと思った。

唐突にも隣に住む小学生の娘を預かることになった失業中の男、“ちぐはぐな”その娘とのやりとりを描いた表題作の「タンノイのエジンバラ」。真夜中、実家の金庫を盗むことになる三姉弟の不器用で滑稽ともいえる感情の動きと切羽詰まった挙句の行動がおもしろい「夜のあぐら」。半年前、離婚した姉を元気づけるという大義名分があるにはあったが、「どこにもいかないなら、いってもいい」と妻に告げる“ちぐはぐな”動機で出かけたバルセロナへの旅行でのちぐはぐなエピソードや出来事を描いた「バルセロナの印象」。部屋いっぱいの大きなグランドピアノの下で寝ている秋子三十歳のちぐはぐな日常を描いた「三十歳」。

震災以後、絆とか家族との繋がりということが注目されたけれど、ここではその繋がりの一方で離婚、フリーター、バイト生活、隣家との希薄な関係などといった時代を象徴する典型的な設定が用意されている。

だが、文章それ自体の起伏はほとんどなく平たんそのもの、淡々とした日常の時間として流れているような気がする。

“ちぐはぐな”様子として客観的には受けとれるけれど、当然ながら当事者たちにその客観性はないし意識もない。そこがいいようのない笑いを感じさせ、テンポの良いリズムが感じとれるとなれば、これがおもしろくないわけはない。

他愛のない“ちぐはぐな”やりとりとはいえ物語の当事者たちはいずれもまじめで本気そのもの、それが滑稽さだけでなく切なさと哀しさを感じさせるのかもしれない。

だが、本著ではどことなく刹那的にみえる日常の価値観に支えられているようでもありそれは見事というほかない。それゆえに、この時代の気分を描いた傑出した小説といえるのではないか。芥川賞受賞後の注目の一作とあるけれどこれは必見!

 

菅原文太を聴きながらラシーンは『愛のようだ』(長嶋有著 リトル・モア) 2016・6・16

友人、須崎の恋人である琴美によせる中年男の切ない想いと何げない日常の時間の流れとでも云えばいいのか、物語は自動車教習所へ通うその男の他愛のないようすを細やかに描くプロローグからはじまる。

第一話「私の骨はよく鳴るんだよ」、俺が免許を取得した後、手術をひかえた琴美と須崎を乗せて伊勢神宮に願掛けに行く3人の道中の描写からそれぞれの関係性がわかる。フリーライター業10年、琴美との最初の出会いを含めて周りの人との関係性や感覚、日常的なそれぞれの関心事が会話を通して伝えられる。

物語は第二話「愛を取り戻せ!」、インターミッション1、とつづく。ここでは業界仲間とともに草津温泉へとドライブ。道中の車で聴く音楽や漫画の話題、カーナビの案内やゲームなどの話題のほか他愛のない会話やエピソードが次々と繰りひろげられる。個々に深刻な事情があったとしてもそれは伏されたままで、なんでもないような話と他愛のないやりとりが延々と続けられるのだ。

さらに、第三話さすらいもしないで、インターミッション。車中で選曲したプレイリストの中から再生された曲、二十代三十代四十代の誰もが分かって口ずさむという「さすらい」という歌に沿ってどことなく刹那的でテンポのいい会話がつづく。

海の波の 続きを見ていたらこうなった/胸のすきまに 入り込まれてしまった

胸のすきまに入り込まれるというのは、今のフラッシュバックのようなことだろうか。それは別に切ないのでも甘美なのでもない、ただの記憶ではある。水谷さんにしても今、特になにも「入り込まれて」いない、たぶん。「どうしたの」「なんでも」俺はカーナビの画面をみていたふりをした。(本文107p)

さすらいもしないで このまま死なねえぞ

矢野顕子はこの曲をカバーしたとき「このまま死なないわ」と女性らしく変えて歌った。とてもいいカバーだったが、でも、死なねえぞのままでよかった。(本文109p)

云ってみればこのような他愛のない会話を軸にストーリーは続いていくのだが、それまで伏せられていた個々の深刻な事情がさりげなく語られる。どことなく切ない気持ちが明らかにされ胸がキュンとする。

第四話惚れたはれたが交差点、そしてエピローグへとドラマは最後の段階へと入っていくのだが、ここでも車で聴く曲にのってテンポよく物語が続けられる。

男の旅は一人旅 女の道は帰り道/惚れたはれたが 交差点/ああ 一番星消えるたび/俺の心が 寒くなる

と歌う菅原文太を聴きながらラシーンは突っ走っていくのだ。

ここにはノリオや水谷さんのシリアスな問題のほか、タイトルにあるように俺や琴美、須崎、神山、永峰の「愛のようだ」という悩みがある。不思議と思うのは、なんでもない日常の流れ(会話)のなかで時折それぞれの深刻な心情が描かれる。時間の密度と云えばいいのか日常的な時間の流れが変化する感じがするとき、云いようのない切なさが込みあげてくる。

琴美の死後、俺は水谷さんから須崎の書いた添え状と封筒を受けとるのだが、手紙だと思った封筒の中身は伊勢神宮に行った時のコンビニレシートと交通安全のお守りだった。

 

アドリブ演奏のように『きれぎれ』(町田康著 文春文庫) 2015/2/17

  

噂にはきいていた町田康、最初に手にしたのが本著だったのだがこれが実におもしろい。

 

偶然にもこれが芥川賞受賞作だったということも分かって納得。こんな文体は今まで接したこともないし、それは新鮮なおどろきでもあった。とにかくこの音楽的なリズム感といい自在な発想で際限なくパラドックスの世界に突入すると、ますますその滑稽さが浮き彫りにされ嬉しくなってくるのだ。読んでいて笑えてくるほどに楽しいのである。
百鬼園先生(内田百けん)のこだわりも相当なものだが、町田康は増殖するように次々と展開されどこまでもどこまでも徹底してズレていくから凄いのである。

次は『くっすん大黒』を読むことに決めているけど、噂にたがわず最高レベルでおもしろいと思った。

 

「笑いとは瞬間的な優越感である」と定義づけた人があるけれど、このパラドクシカルな展開は日常とのズレを生み、笑いを誘う。それも裕福な家庭にありながら放蕩のすべてを備えたように浪費家で夢見がちな絵描きの「俺」の趣味はランパブ通い。高校を中途でやめてランパブで出会った女・サトエと結婚するが労働が大嫌いで当然のことのように金に困るという設定。
自分より劣る絵なのに認められ成功しそのうえ自分の好きだった女・新田富子と結婚している同級生の吉原に金を借りに行く羽目になる。
ここで持ち前のパラドックスが炸裂。思いがけないきれぎれのエピソードがフル回転となるのである。この一文だけで充分イメージしていただけると思います。

 

俺はおまえの恵んだ金で絵具を買い、傑作をものにしておまえのいまの地位を脅かすのだ。そうなるとおまえの自慢の美人妻はもともとが計算高い女だけにおまえを見限るよ。わはは。その後、誰の元に走るのかは云わぬが花でしょう。これをみたか。これが俺の悪意だ。光にぬめる鎌草の復讐。鎌草少将の智謀によって吉原は結果的に終わるのである。(本文p100)

 

アドリブ演奏のように自らをおとしめ「現実がなんだ、現実とは…」と問うように自分の日常を異化するのだ。だから、必然として“笑い”を生じるのかもしれない。
これは病み付きになりそうな不思議で稀有な名作と云っていい。

対米従属と敗戦の否認『永久敗戦論』(白井聡著 太田出版) 2014.06.17

本著は「永続敗戦」という概念で戦後処理の失敗に起因する今日的な問題を日本の現在として俯瞰的にとらえかえすもので、第一章「戦後」の終わり、第二章「戦後の終わり」を告げるもの、第三章戦後の「国体」としての永続敗戦、そして最後のエピローグで構成する戦後レジームの核心とその本質を明解な理路であざやかに描きだす「敗戦後」論である。
冒頭、「私らは侮辱の中に生きている」として読み手の関心をひきつけ、とりわけ福一原発事故によって次々と明るみにされてきた事実をふまえこれを「侮辱」と呼ぶほかないとしている。原子力の安全神話を含めSPEEDIの公開や不都合な被爆の実態はすべて隠蔽され、何一つとして責任の所在が明かされることはない。
根拠なき楽観、批判的合理精神の欠如、権威と「空気」への盲従、その一つ一つが東京裁判での「・・・何となく戦争に入っていかざるを得なくなったのだ」という戦争指導者たちの言動とやりきれない気持ちで重なってくる。
著者はいまあらためて歴史に向き合わなければならないとして、「戦後」=「平和と繁栄」という物語を批判的に再検証しなければならないという。
「永続敗戦」とは何か。それは敗戦の帰結としての政治・経済・軍事的な意味での直接的な対米従属構造が永続化される一方で、国内およびアジアに対しては敗戦そのものを認識において巧みに隠蔽し否認するという日本人の大部分の歴史認識・歴史的意識の二重化された構造にあるという。つまり、敗戦を否認するがゆえに、際限のない対米従属を続ける。すなわち、深い対米従属を続けている限り、敗戦を否認し続けることができる。著者はこの状況を「永続敗戦」と名付け、「戦後」の根本レジームになったとしている。
まことに明解で見事なまでにこの国の戦後の欺瞞と事実を隠蔽し歴史修正へと向かう体質を明るみにする。その一々が腑に落ちてくるから痛快でもあり説得力もある。
だが、永続敗戦がもつ構造的問題はかつて国家を戦争と破滅へと追いやった勢力の後継者たち、戦前的価値への共感を隠さない政治勢力が、面々と権力を独占し「戦後を終わらせる」ことを実行しないという事実であり、対内的にも対外的にも敗戦の責任をほとんど取れないという無能で「恥ずかしい」政府しか持てなかったということにある。そのことがわれわれの物質的な日常生活をも直接的に破壊するに至ったという現実(福島原発事故)でもあった。しかしながら、今日その構造は限界に来ているとして、世界的経済危機は日米間の従属の構造を再編し、互恵的なものから収奪の構造へと改変されつつあるという。
日本が直面する今日的諸問題(グローバル化、TPP、靖国参拝、領土領有、拉致、国防軍事、歴史認識など)に向き合う前提となるヒントがこの一冊から滲み出ているように思えてならない。「敗戦後」を考える渾身の一冊、さすがに読み応えがあります。

 

 杜若(かきつばた) 2013.07.01

この間の日曜日、ぼくは楽しみにしていた能舞台を堪能。
演目は「杜若」「寝音曲」「鵜之段」「黒塚」と内容的にもメリハリの効いたとても楽しいものだった。

能に親しむと銘打ったこの公演では、岩国ゆかりの能楽師香川靖嗣氏による能の楽しみ方についての講演や吉川広家が豊臣秀吉から拝領したと伝えられる能管の特別展示のほか、お茶席、邦楽演奏やコンサートなどの各種関連企画もおこなわれたようだった。

この日、最初の演目「杜若」はさすがに見応えがあった。

平安初期の歌人在原業平の“かきつばた”の五つ文字を配した名句「唐衣着つつ慣れにし妻しあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ」をベースに繰り広げられる雅な夢幻舞に圧倒され、ぼくは云いようのない深い感動を覚えた。

野村萬斎の狂言「寝音曲」は主人と太郎冠者のたいへん楽しいやり取りからはじまりこれも大いに笑えた。ゆっくりとした台詞で分かりきっている話なのに楽しい。今どきのお笑いの質とはどこか違う不思議な感覚がはたらいている気もする。

仕舞「鵜之段」は能「鵜飼」の一部の舞処らしい。比較的短い演目だったが、このような舞台形式があることをはじめて知ることができた。これは、短い演目だったが素晴らしい曲だった。

最後の能「黒塚」も迫力満点で緊張感があった。この演目はぼくたち人間の中にある鬼という内面世界の存在について考えさせられるものだった。

紀州東光坊の修験者祐慶一行が、人里離れた安達原(福島県)で一軒家を見つけ、老婆に一夜の宿を乞う。老婆は、枠桛輪(糸繰り車)を回して見せながら我が身を嘆き、儚い世をしみじみと語る。やがて夜も更け、冷え込んできたので老婆は薪を採って来るといい「決して奥の部屋(寝間)うぃ覗かないように」と言い残して出ていく。ところが我慢しきれなくなった能力(寺男)が部屋を覗くと、そこには腐臭棲ざましい人の死骸の山が。驚いて一目散に逃げる山伏一行を、恐ろしい鬼に変身した老婆が襲いかかかってくる。山伏は念仏を唱えて何とか拝み伏せることになる。

室町時代から伝えられたとされる能の世界は、想像力をもって成立するきわめて抑制された表現形式といっていい。それ故に無限の広がりと表現の可能性を秘めたものであることを実感できる素晴らしい伝統芸能であるともいえるだろう。

憲法記念日の講演 2013.05.13

東京ではオリンピック東京大会招致キャンペーンのポスターがあちこちで掲示されているらしい。先のロンドン大会で大活躍した選手たちの歓喜する写真とともに“この感動を次はニッポンで!”とのキャッチコピーが添えられているとのことだ。

憲法記念日に講演された詩人アーサー・ビナードさんは、次のリオデジャネイロ大会には日本選手団はあまり意欲的ではなさそうだという。多分、ボイコットするんじゃないかとまで断言した。だからといって、“…次の次はニッポンで!”というと今ひとつインパクトが弱いから電通の人たちは計算済みでそのコピーを使っていると冒頭から笑いを誘った。

米国憲法では戦争するかしないか、その決定権は議会にあるとも云われた。ところが、ベトナム戦争や湾岸戦争の開戦はいつ決定されたか誰にも分からないという。つまり、米国は憲法違反を犯してこれまで数々の戦争をしてきた。太平洋戦争だけがその例外からはずれ宣戦布告が議会で決定され第二次世界大戦に突入することになった。

その一方で国民に知らされないまま巨額の国家予算を投じて「マンハッタン計画」が進められたがこれも憲法違反だという。戦況から察するところ戦争はすでに終わっていたにもかかわらず、マンハッタン計画の正当性を演出する目的で原爆の投下が計画されたと考えるのが妥当な見方だという。

アーサー・ビナードさんは広島を訪れ「ピカドン」という言葉に出合った。核開発をする側ではなく、広島で生活する人々の側に立って核兵器や核開発の問題を考えるようになったという。
著書『さがしています』は、被爆した人によるカタリベではなく被爆した物品がカタリベとなって、持ち主や人々の生活の記憶を“さがしています”という詩と写真の結晶のような形式の絵本である。

講演終了後の打ち上げでも、核の平和利用に転ずる策動についても独自の見解を話され大いに盛り上がった。

ぼくも加藤典洋の『3.11―死に神に突き飛ばされる』を読んだばかりだったし、核の平和利用を主張した正力松太郎や中曽根康弘らの策動やアイゼンハワーの「アトムズ・フォー・ピース」政策とは別に「破壊と死滅」にさらされた人々であるが故に「祈念」という心理が起動したことの信憑性について聞いてみた。

が、アーサー・ビナードさんはそれもプロ中のプロたちが寄り集まって計画した結果だと結論づけた。彼の見解もなかなか説得力があっておもしろかった。

映画『愛、アムール』 2013.03.20

広島のサロンシネマでミヒャエル・ハネケ監督作品『愛、アムール』を観た。前作『白いリボン』(2009)に続きカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞、第85回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した話題の監督作品だ。

この作品は、妻が病に倒れたことで穏やかだった日常が変化していく老夫婦の姿を描いたものである。

音楽家の老夫婦ジョルジュとアンヌは、パリの高級アパートで悠々自適の老後を送っていたが妻のアンヌが病に倒れ、手術も失敗して体が不自由になる。病院には二度と入りたくないというアンヌの気持ちを受け入れ、夫ジョルジュの献身的な介護がはじまる。しかし、病状は悪化するばかりとなる。

心配する娘のエヴァには「医学の可能性はないか」「もっと良い方法があるはず」などと云われ、精神的に追い詰められたジョルジュは妻アンヌを自身の手で窒息死させ自ら遺書を書いて自殺する。

死後、ジョルジュがどのように発見されたか分からないが、消防がアパートに踏み込むところからこの映画の最初のシーンがはじまる。
高齢化にともない日本でもこのような悲劇が起こり事件として報道されることがよくある。介護する者が高齢でなくとも、何年も何年もこのような事態が続けば相当の負担になり精神的に追い込まれることは良くわかる。

だが、この作品では時間的な説明が問われるシーンはない。ジョルジュはいつも同じ衣服を着ていて夏場を感じさせるシーンなどは見当たらなかったことからそれほど長い時間を要したとは思えない。社会や宗教との接点や娘夫婦との葛藤もあまり認められなかった。

さすがにこの二人の役者の迫真に迫る演技には圧倒されるし賞賛を惜しむつもりはないけれど、作品そのものの内容としてはそれほどインパクトがなくむしろ物足りなかったのはどうしてだろう。

おそらくは、西欧文化圏でのこのような悲劇はきわめて異例であり衝撃的な愛(アモール)の結晶として賞賛されたということなのかもしれない。演技はきわめて印象的で素晴らしいのだが、映画作品としては何とも腑に落ちない不満が残った。

だが、この監督のセンスと可能性は感じられたしその才能を疑うことはない。それは前作『白いリボン』で既に実証されている。

穿った観かたかもしれないけれど、ぼくはそう感じたのだがどうなのかなあ~

最初の人間 2013.02.27

ジャンニ・アメリオ監督作品『最初の人間』を広島のサロンシネマで観た。20世紀を代表する作家でノーベル賞受賞作家でもあるアルベール・カミュの自伝的作品だ。カミュは46歳の若さで自動車事故のためこの世を去ったが、その時カバンの中から発見された執筆中の小説が『最初の人間』だったという。

以後、30年以上の年月を経て1994年に未完のまま出版され、フランスで60万部を超えるベストセラーとなり、その後世界35か国で出版され大きな反響を呼んだ。その内容はフランスに住む作家コルムリが、生まれ故郷のアルジェリアに帰郷する設定となっていて紛れもなく自伝的遺作といっていい。それゆえにこの作品はカミュの創作の原点を知る上で大きな事件であったという。

最近、アルジェリアで起きた日本企業の爆破襲撃によるテロ事件が報じられたこともあり、宗教や民族問題だけでなく政治的にも複雑な問題を抱えていることが浮き彫りにされたばかりである。

フランス領からの独立運動の最中、作家コルムリはアルジェリアに帰郷し大学で演説する。一つの国や民族問題を超え非暴力による解決と共存を訴える彼の立場は、当時の多くの市民や学生から支持されることはなく誹謗され散々な結果となった。

作家は、アルジェリア人の同級生、母、叔父、文学の道に誘ってくれたベルナール先生を訪ねながら、アルジェリアの貧しい家庭に育った複雑な生い立ちをたどりながら自らの存在理由を確かめるように追憶の旅をつづけるのだった。

最初の人間とは何を意味するのだろう。それは誰にも分からない。だが、カミュは今日的世界の状況を見通しながら、この原作『最初の人間』でぼくたちに大きな“問い”を残しているようにも思える。

著名な作家に成長したコルムリが母に「どうしてアルジェに残るの?」とやさしく問いかける。母は「アルジェリア人だからよ」と穏やかにいうラストシーンが印象に残った。

映画としては大変よくできているしキャスティングも見事なのだが、どういう訳かインパクトに欠ける感じがして僕にはやや不満が残った。

ヴェネチア国際映画祭外国人記者協会賞、トロント国際映画祭国際批評家連盟賞、イタリア・ゴールデングローブ賞外国人記者グランプリなど受賞作品。

映画って素晴らしい 2011.09.19

昨日は映画『泥の河』(小栗康平第一回監督作品、宮本輝・原作)をテレビで鑑賞。
もう、4~5回はみている映画なのだが、昨日はBSプレミアムの山田洋次の家族コレクションでやっていたのだ。
ところがうっかりしていて、ほとんど終盤のクライマックスしかみられなかった。
つまり、"天神まつり"に出かけたノブちゃんとキッちゃんがお母さんからもらったお金を落としてしまうあのシーンからみることに・・・
キッちゃんの半ズボンのポケットが破れていてお金をなくしたのだ。二人は一生懸命になって屋台のまわりを這いずりまわるようにして探すのだが見つからなかった。
ノブちゃんに申し訳なくてやりきれなかったのか、キッちゃんが突然「いいもの見せてあげる」といって自分が仕掛けた"カニの巣"を引きあげる。
お母さんとお姉ちゃんのギン子ちゃんと三人で生活している廓船での出来事だ。
たくさんのカニを見てノブちゃんは驚く。
キッちゃんがノブちゃんにいう。
「おもしろいで」と言って、そのカニをアルコールに浸けてマッチで火をつける印象的なシーンだ。
「かわいそうや、やめとき」とノブちゃんが言っても、キッちゃんは次々とカニに火をつける。
船べりづたいに逃げるそのカニをノブちゃんが這い上がって追いかけると、別室で男と絡むキッちゃんの母親(加賀まりこ)と目を合わせることに・・・
そのシーンでは、ふたりの目と目がアップで映し出される。
ノブちゃんはそのとき何を思ったのだろう。キッちゃんたちとの"違い"を感じたのか。きびしい現実との出会いは残酷だ。それともキッちゃんたちとの別れを察したのだろうか。
にぎやかな食堂を営む自分の家で放心したように呆然と突っ立ったままのノブちゃん。
ひとり畳の上で仰向けになったまま、悲しさと切なさとやりきれない複雑な感情の入り混じったノブちゃんの表情がこの作品の全てを映しだす印象的なシーン。
やがてキッちゃんたちの船が動きだす。
「なんや、ひとこと云ってくれたらなあ・・・」とお母さん(藤田弓子)がいう。
お父さん(田村高廣)は、ノブちゃんのようすからこの事態をのみ込むようにその情景を静かに見つめている。
心配になったのか、急に起き上がったノブちゃんは必死になって船を追いかける。
どこまでもどこまでも走って追いかけるシーンがつづく。
「キッちゃーん」といって追いかける。
このラストシーンは何回みても涙がでてくる。
エリセ監督の『ミツバチのささやき』のアナ、アッバス・キアロスタミ監督の『友だちのうちはどこ?』、そしてこの間みたばかりの映画『ツリー・オブ・ライフ』のジャックたち。
あのすべてを語る子どもの表情は映像でなければ描写できない。
文学でも、美術でも音楽でも無理。映画ならではの表現である。
それを引きだした小栗康平監督の手腕にぼくは驚嘆する。本当に、どのようにしてあの表情を撮ったのだろうと思う。
そして、キッちゃんやギン子ちゃん、ノブちゃんはどのような大人になっているのかと想像する。