そのほか そのⅦ

バーツラフ・マルホウル監督  映画「異端の鳥」2020.12.05

今年、最も注目された話題作「異端の鳥」は第76回ベネチア国際映画祭でユニセフ賞を受賞した作品で、ポーランドの作家イェジー・コシンスキが1965年に発表した同名小説を原作としているという。チェコ出身のバーツラフ・マルホウル監督が11年の歳月をかけて映像化したもの。

モノクロームの映像からはミヒャエル・ハネス監督作品「白いリボン」やタル・べーラ監督作品「ニーチェの馬」を連想させるがそれらとも異なる独得のメチエを感じさせるものがある。

物語はナチスのホロコーストから逃れるために両親の計らいで東欧の田舎に一人で暮らす叔母にあずけられた少年の眼で語られている。したがって、物事の因果関係や詳細については定かではない場面もある。少年はそのまま直視することで世界と対峙し現実を捉えるのだ。

 

叔母が病死した後、行き場を失った少年は一人で旅に出ることを余儀なくされる。行く先々で彼は異物とみなされ他の人間たちからひどい仕打ちを受けながらも、何とか生き延びるため必死でもがき苦しむ。戦時下という状況もあるかもしれないが、人種的なものだけでなく東欧に特有の村の掟のようなものも「白いリボン」や「ニーチェの馬」からも感じたのだが徹底して異物に対して閉鎖的な感もある。

それにしても否というほど人間の暴力、差別、醜さ、おぞましさが剥き出しとなった刺激的なシーンがこれでもかと続けられる。非人間的な状況の極限(カオス)の中でロシア兵から教えられた「目には目を…」という教えは人間を襲うこともあるかもしれない。少年はそのことを体現する。ここでは戦争が描かれているわけではない。いうなれば、人間を含むいのちの尊厳と畏怖が根源的な問題として描かれているといえる。《異端の鳥》すなわち《The painted bird》とはこの少年のメタファーとみることもできるだろう。

だが、ペイントされた鳥は放たれたがその群れによって殺されたとき、少年はその鳥を手あつく葬る。このシーンは印象的だ。

 

最終には父と遭遇し再会するが非人間的な扱いをされ殺伐とした極限を生きのびた少年は父を許すことができなかった。全編をとおして少年の台詞はない。少年は言葉を失っていた。名前さえも云えなかったのだ。

だが、戦争が終わり解放された父とともにバスに揺られ、おそらく母のもとへと移動するラストシーンで父の腕に刻まれた番号を見つけた少年はバスの窓にJOSKAと名前を記す。

またしても、世界を一瞬にして理解するあの子ども特有の眼差しが登場した。「ミツバチ…」のアナの眼、「泥の川」のノブちゃんやキっちゃんの眼、「右の心臓」のヨーコの眼とともにJOSKAの眼が。

数日前にもNHKの日曜美術館で写真家宮崎学の生きもの(動物)を捉えた眼が紹介されたばかりだが、少年の眼は人間という生きものをどのように捉え、どのように言葉をとりもどし人間性を回復することができるのだろうか。

 

3時間という超大作「異端の鳥」(バーツラフ・マルホウル監督作品)は実におおく多くの問いを私たちに残している。

 

 

経験とおどろき

 

ポロック ― その言葉 イメージの回生を求めて(宮川淳著作集Ⅱより)

「わたしの絵はイーゼルから生まれてくるのではない。わたしは描く前にカンヴァスを張ることすら滅多にしない。わたしは張っていないカンヴァスをかたい壁や床の上にとめることの方を好む。わたしにはかたい表面の抵抗が必要だ。床の上だと、わたしはずっとのびのびできる。

わたしは絵をより身近に、絵の一部のように感じる。このやり方だと、わたしは絵のまわりを歩き、四方から制作し、文字どおり絵のなかにいることができるのだから。これは西部のインディアンの砂絵師たちの方法に近い。

わたしはイーゼル、パレット、絵筆といった普通の画材から遠ざかりつづけている。わたしは棒、こて、ナイフを、また流動的なペイントや砂、われたガラスその他異質な物質を加えた重いインパスト(厚塗りの絵具)をドリップすることの方を好む。

じぶんの絵のなかにいるとき、わたしは自分がなにをしているか意識しない。いわば”なじんだ”時期をへてはじめてわたしは自分がなにをしていたを知る。わたしを変えることやイメージをこわすことをおそれない。なぜなら絵はそれ自体の生命をもっているのだから、わたしはそれを全うさせてやろうとする。結果が滅茶苦茶になるのは私が絵との接触を失ったときだけである。絵の場合には純粋なハーモニー、楽々としたギヴ・アンド・テイクが生まれ、絵はうまくゆく」

確かにそうだジャクソン・ポロックのいうその言葉「制作している時の感覚は何も考えないで絵のなかにいる」とは分かるような気がする。

だが、ひとたびその絵が完成し自身がその作品に向きあうとき、両者の関係においてポロックはある一定の距離をおいて自ら制作した絵と向きあうことになるだろう。そのとき、ポロックと絵はいうまでもなく主体と客体の関係にありポロックの身体性は客体化された絵とともに存在しているとしか考えられないことになる。

この物理的な距離感覚を消滅できる作品を実現できないかと考えるのは、若いころのぼくにとって大きな問題であり課題でもあった。

絵画のフレームを取り払い空間を構成する壁面と床そして天井、それ自体を絵画的な機能をもつ空間へと異化させ、なおかつ日常的空間と非日常を行き来する流動的な場所として成立できないかと考えたのは1980年に発表した真木画廊の個展「FROM THE NOTHING」での試みだった。

ここでは作品をみる側の主体は客体化された作品の只中にいて作品と一体となって接することになる。作品と対峙する時間とともに視点は動き日常と非日常を行き来する理想的な設定ができた。それはまた、ぼく自身の想像を超えた決定的なおどろきでもあった。

このころの一連の営為はつまりそういうことであった。

 

 

 

ポエティックな絵本 『つかまえた』(田島征三著 偕成社)

 

この作品はなんとも痛快でポエティックな絵本だ。少ないことばと荒々しくも力強い絵がみごとなバランスで構成され、子どもの心とさかなのいのちがふれあったポエティックで感動的な作品だといえる。

前作にもほぼ同じ装丁の『とべバッタ』がある。この絵本は前作のそれともちがっていてどういうわけか《切なさ》がある。おそらく田島さんご自身の原体験となっている大切な《いのち》とのふれあいがこの感動を与えるのだとおもう。

ぼくがつかまえた ぼくの魚だ、ということばが印象的だ。しんじゃだめだ!しんじゃだめだ!いきかえれ、という子どもの必死さが手にとるように伝わってくる。

 

けっして洗練にはむかわないとの本人のことばを真に受けてはいけない。田島さんの絵はやや乱暴にみえるかもしれないけれど、乱暴さの先をみつめる超洗練された絵なのだ。雪舟もびっくりするくらい乱暴力100パーセントの絶妙な絵なのである。

あのグリグリ(いのちのグリグリ)と無垢なる気もちが絵になって表れているところがこの作家の絵がもつ独特のパワーであり、これまでみてきたようなプリミティヴアートとは異質のおもしろさであり魅力なのだ。

ふしぎなことに絵だけでなく田島さんの話しことばやエッセイや立ち姿でさえ、その活動全体がどれをとっても無理のないきわめて自然で普段着のまま成立することにおどろく。

最近では意識してかしないか分からないが絵本の概念をさらに広げてより自在な表現となってきたようにみえる。絵画や絵本であろうがなかろうが、はたまた彫刻であろうがなかろうが強いメッセージをともなう作風になってきたといえる。こんな絵本作家はいない。

 

木の実アートから絵本彫刻とでもいえそうなふしぎな領域で多くの人を巻きこむ独自の展開を楽しんでいるようにみえる。やがて、あのボイスが提唱した社会彫刻へと向かうのだろうか、とこの作家から眼がはなせなくなってきた。

そういう年齢を意識させないエネルギッシュな生き方が80才をすぎて結実したといえる絵本『つかまえた』はすごいぞ!小さな子どもたちからお年よりまで楽しめるスーパー絵本だ。

 

 

意味空間の変容 ​ 「ゴド―を待ちながら」(サミュエル・ベケット著)2020.11

「ゴド―を待ちながら」のゴドーっていったいなんだろう?だれかの名前?ゴッド?それとも神のこと?

サミュエル・ベケットを知るきっかけとなったのは、劇作家・別役実の不条理演劇を介してだった。きわめて限定された登場人物と舞台設定において繰りひろげられるこの劇作「ゴド―を待ちながら」がはじめて上演されたときの反響は衝撃だったという。

若いころ、実存主義哲学を読みちらかしていたこともあり小説家で劇作家の安倍公房の多くの著作にもいたく感動したものである。それというのも当時はメルロ・ポンティの現象学からフッサールまでをたどっていく中で、とりわけ現象学的還元とか判断中止(エポケー)などという概念を中心にしていろいろな問題に向き合っていたような気がする。

また、身体性を意識して主客二元論の超克がいかにあるべきか、などと個人的にも大きな問題としていたことを覚えている。

この作品を読んでいて思うのはデカルト的遠近法による視点、論理の整合性や脈絡、前後の因果関係や言葉の嚙み合い方がほとんど無視されていることだろう。そういう意味でここではある種の《到達》による感動が成立するような劇が求められているのではなさそうだ。

この衝撃的な戯曲にみられる一つ一つの事実を確認してみるといい。まず、特徴としてあげられるのはきわめて限定された二人の登場人物(エストラゴンとヴまえにラジーミル)がゴド―を待ちながら話しているところに通りかかる別の二人(主従関係にあるポッツォと召使いラッキー)、そして男の子だ。

幕はわずか二幕(二場ということか)でとにかくシンプルな構成。いうなれば、《到達》へと向かう演劇的盛りあがりもストーリーもないシンプルな舞台設定において繰り広げられるのは言葉による反復だということだ。そして、その反復がわずかな差異(ずれ)と非対称または対称性を生むことになりそれが一定の時間をともないやがて収斂へと向かう。

また、この反復による差異や逆説的な不条理それ自体が意味空間の変容ともいえる奇妙な現象がことば(台詞)と身体的身振りの関係性において生成されることに気づく。

そして、ぼくたちは台詞劇の呪縛から解放され意味の病を相対的に捉えることにより閃光的に《在る》ことの意味を問いはじめるという想像力をかき立てられるのだ。そのことは、たとえばミニマルミュージックや劇作、アートやダンスにしても文学にしても共有される可能性の一つであることを疑う人はいない。第一幕の中ごろにこんな場面がる。

 

沈黙。エストラゴンとヴラジーミルは、だんだん大胆になり、ラッキーのまわりを回り始める。そして、いたる所から、観察する。ポッツォは貪欲に肉をかじり、骨までしゃぶってから、捨てる。ラッキーは、トランクが地面に触れるところまで、ゆっくりとからだを曲げるが、急にまたからだを伸ばす。立ったまま眠っている人間のリズムである。

エ どうしたんだろう? ヴ 疲れきった様子だ。 エ なんだって荷物を置かないのかな? ヴ わたしに聞いたってわからないよ。(二人は、ラッキーをさらに近くからはさむ)気をつけなよ! エ 話しかけてみようか。 ヴ 見てみろ! エ なんだ! ヴ (指さしながら)首だ。 エ (首を見て)なんにも見えないぜ。 ヴ ここへ来てごらん。

エストラゴン、ヴラジーミルの場所へ来る。(p41-42)

 

つまり、ここ以外でもいわゆる台詞劇に対して身体をともなう身ぶりが強調され不毛なことば(台詞)のやりとりが繰りかえされるのだ。

反・演劇(演劇を超える)というべきかこの作品が名作《ハムレット》とならび称され、現代演劇最大の傑作といわれ問題作といえる所以がそこにある。ぼくはそう思うのだがそれは当然のことながら受け手に委ねられていることでもある。そう、完結した到達点に感動するのではなく、不条理な場面に対峙することで受け手が個々に経験してきた社会的文化的感覚的なリテラシーを総動員して劇作を受けとり脱構築することなのだ。

安倍公房の『砂の女』が目的と手段が転倒したように砂を運ぶ。やがて確実なのはわずか数ミリの砂の流動だけと感覚される。

だが、この事態を前にして求められるのは端緒の常に更新されていく経験と世界と対峙する意志ということではなかろうか。

 

 

あたたかくも切ない語り おとうさんのかお(岩瀬成子著 佼成出版)2020.11

 

三年生の春休み、利里は父に会うためひとりで新幹線や電車を乗り継いで単身赴任でいる父のマンションを訪ねる。

この本はすれちがう父娘の心情がにじみ出すようにあたたかくも切ない語り口で描かれている。いうなれば、岩瀬成子ならではのリアルな感覚と少女特有の内面の動きを丁寧に描いたものでこの作家が得意とするところだ。

それというのも小学三年生の娘というきわめてデリケートな気持ちや感情の動きだけでなく、単身赴任の父の心情からみてもそのリアルな関係性の差異(ズレ)が手にとるように伝わってくるからかもしれない。

 

「へんになっちゃったよ」わたしがいうと、「だいじょうぶ。自信をもって」と、おとうさんはまた口だけ動かしていいました。(p21)

絵をうけとると、すぐに小さくおりたたみました。「せっかくかいたのに、だめだよ、そんなふうにしちゃ」(p26)

「いわれなくても、気づいたら、するもんだよ。利里にはよく気がつく人になってもらいたいもんだな」わたしはだまっていました。(p40)

「漢字か計算のドリルをもってきてないの?」「もってきてないよ。春休みは宿題がないもん」「そんなんじゃだめだよ。宿題がなくても、ちゃんと自分で勉強しなくっちゃ。四年生になるんだろ」(p42)

 

お父さんは利里に多くのことを教えようとする期待もする。おとうさんはとにかく心配で娘に一生懸命なのだ。会社の休みをとって利里と一緒に大川の桜の名所や夏休みのキャンプ計画の予定地に連れて行ったりする。

一方、三年生の娘の気持ちは気まぐれで複雑、この時期のアンバランスな気持ちの変化と感情があふれだすようにストレートに描かれている。

 

「あのね、しょうらいなにになりたいかってことを、おとなの人は子どもにすぐに聞きたがるでしょ。だから、いつ聞かれてもいいように、ちゃんと答えを用意してなきゃだめなの。『えーと』なんていって、もじもじしてたら、この子は頭があんまりよくないのかなって、すぐにおとなの人はきめつけるからね。で、あなたは、しょうらいなにになりたいの?」「郵便局強盗」その子はすばやく答えました。(p10-11)

「なんかかわいいね」わたしは本当にそう思いました。その子は「くふっ」と、首をちぢめてわらうと、二―ちゃんをわたしの手のひらにのせました。(p38)

 

利里は公園で偶然に知り合ったとなりの部屋の雪ちゃんと顔を描いた石たちとの会話のなかに素直にはいっていけるし仲良く楽しむこともできる。このあたりの少女のリアルな心理描写はこの作家が得意とするところで本当におどろかされるときがある。

父娘のすれちがう感情の差異はふたりをさみしくさせる。利里の心をなぐさめてくれたのは雪ちゃんと小さな石の友だちだった。

利里は桜の花見でひろった石に顔を描き“もも”と名づける。雪ちゃんたちに紹介しみんなで公園であそんだりする。おとこの子たちが邪魔しにきてもブランコを大きくこいで平気だった。

 

「遠くを見ろっていったんだよね。おとうさん」と、わたしはいいました。「え」と、おとうさんはわたしをみました。「わたし、思いだした。このまえ、大川で思いだしかけていたこと。じてん車のれんしゅうをしていたときのこと。おとうさんは、『目の前ばっかり見てちゃだめ。もっと先のほうを見なきゃ』っていったよ」「そうだったかな」「『先のほうだけでもだめ、ときどき、ずっと遠くを見るんだ。ずっとずっと遠くだよ。山のむこう遠く』っていったよ」(p87)

 

なにかが変わるように父娘の気持ちを象徴するこの場面は印象的だ。「遠くを見る、遠くまで行く」とはどういうことなのだろう。

ふたりの視界がひろがるように物語はおわりをむかえるのだが、成長の予兆を感じさせる読後の印象はふしぎな意味のひろがりを考えさせる。

 

 

 

オースターの謎「内面からの報告書」(Pオースター著、柴田元幸訳、新潮社)20.9.30

 

「内面からの報告書」「脳天に二発」「タイムカプセル」「アルバム」と4編からなる本著は現代アメリカ文学を代表するP・オースター自身の記憶にある内面の歴史をひも解くように物語として記述する設定となっている。

だが、いわゆる既存の自伝的告白スタイルの物語ではなくかつての自分を「君」と呼び、書き手のオースターが自らその歴史を生き直すように物語は描かれる。とりわけ、作家自身が自らの内面性を検証しながら再構築するスタイルはこの物語と作者の関係性を露呈し自らと対峙するきわめて独創的な小説といえるのではないか。対をなす「冬の日誌」から読むのが妥当かも知れないがなぜか逆になってしまった。どういうわけかニューヨーク三部作も逆になったがさほど違和感はなかったのでこの本も興味深く読めてよかった。

 

表題となった「内面からの報告書」では次のようなエピソードにふれている。「鍵のかかった部屋」でもファンショーの幼少期のエピソードとして描かれたデニスという男の子をめぐる話が挿入されている。

 

思い出すのは、自分が感じた憐れみと同情の念であり、友の辛さを目のあたりにして自分の中にも湧き上がってきた悲嘆の疼きである。君はこの子を愛し、尊敬していたから、彼が苦しむのを見るのが耐えられなかった。だから、デニスのためと同じくらい自分のために、君は衝動的にプレゼントを彼に渡し、…(P47)

 

つまり、ここでは幼少期から12歳までの君をいくつかのエピソードを辿りながらその内面を創造するのだ。

 

苦悩せる疚しき夜尿症常習犯たちの、秘密の友愛会!いずれにせよ、そのとき君はキャビンに駆け戻り、ベッドから下側のシーツをはぎ取って、フランスの地図に似た形の黄色い犯罪証拠が浮かぶその白いシーツを抱えて便所に飛んでいき、すべてを蝕みすべてに侵食する尿の悪臭ふんぷんたる場の流しで、黄色いしみをごしごし洗い落とした。こうして、いっさいバレずに済んだ。ジョージの優しさが、発覚の恥から、究極の屈辱から、君を救ってくれたのだ。(P70)

 

また、英語教師のミスターSの奨励する読書競争における屈辱的な疑いをかけられたことについてこのようにふれている。S先生は少しずつ折れてきて、自分の間違いに気づいてハンカチを出して君に渡した。

 

それは挫折の匂い、あまりに何度も使われすぎたものの匂いだった。半世紀以上前のあの朝のことを考えるたび、君はふたたびあのハンカチを手に持ち、顔に押しつけている。君は十二歳だった。大人の前で取り乱し、泣いたのはそれが最後だった。(P86)

 

「脳天に二発」では映画を観たときの決定的なショックについて次のような記述もある。

 

五月のある土曜の午後、君の母親か父親が、君の新しい仲間でリトルリーグのチームメートでもある同級生マーク・Fと君を車で映画館まで連れて行ってくれて、君たちは二人で映画を観る。タイトルは「縮みゆく人間」。四年前に観た《宇宙戦争》と同じように、この映画は君という人間をひっくり返し、世界についての君の考え方を変えてしまう。かつて六歳のときに感じたショックは神学的ショックと言っていい。神の力に限界があることを突如理解し、恐ろしい謎がそこから生じた―全能の存在の力にどうして限界がありうるのか?

だが、「縮みゆく人間」のショックは哲学的、形而上学的ショックである。そのささやかで陰鬱な白黒映画から受けた衝撃はまさに圧倒的であり、君は一種呆然たる高揚の中に取り残され、あたかも新しい脳を与えられたような気持になる。(P89-90)

 

この映画のことは最終編「アルバム」で2、3のシーンとともに紹介されている(P68-75)。

一九五七年、君は十歳で子どもでも大人でもない少年時代中期後半の子どもということになる。アイゼンハワーが連邦軍を送って暴動を阻止し学校での人種差別廃止を推進したことは漠然と理解しているしハリケーン・オードリーでテキサスとルイジアナの住民が500人以上死んだことや世界の終末を描いた『渚にて』と題した本がでたこともだいたい分かっている。だが、ベケットの「エンドゲーム」やジャック・ケルアックの「オン・ザ・ロード」の出版について知らないし、ジョゼフ・マッカーシーが死んだことも知らない。

いうまでもなくこの記述は作家の現在における描写でありこれまでの経験を通して描かれていて、いうなれば再構築された表現ということにもなる。だが、十歳で直感的に経験した決定的なできごととしてその後のP・オースターに影響を与えたことはかなりの信ぴょう性があるといえるのではないか。

 

「タイムカプセル」は日記についての語りとなっている。自分は何の痕跡も残さなかったと君は思っていた、という。

 

少年時代から思春期にかけて書いた小説も詩もすべて消滅し、幼年期から三十代なかばは写真も数枚しかなく、若いころやったこと言ったことは考えたことすべて忘れられ、覚えていることもたくさんあるにせよ覚えていないことの方がずっと、おそらく千倍くらい多い(P-151)

 

両親が離婚したあとは定まった住所はなくなり、十八から三十代前半までは引越しのくり返しで過去の遺物は母のところに預けたが、母も二番目の夫と暮らしていたが腰が定まらず、預けたものも無視され忘れられてしまう。だから、日記をつけていればと今になって君は思う。だが、君には自分について書く習慣がなくその意義も分からなかった。以後四十七年間、ほとんどすべてが失われていったという。

この本に取りかかってから最初の妻、作家で翻訳家のリディア・ディヴィスから連絡があり、彼女に宛てた百通の手紙の存在が明らかになる。

 

この文書の山こそ十八歳のときにかけなかった日誌であること、思春期後半から大人になって間もない時期までのタイムカプセルにほかならないことを君は悟った。記憶の中であらかたぼやけてしまった時代の、くっきりあざやかに焦点の定まった一枚の写真。それは貴重な、これまで唯一見つかった、君の過去に直接通じる扉なのだ。(p154)

 

コロンビアでの二年目はベトナム戦争だけでなく、君は悪い夢と苦悶の一年と記憶している。ニューヨーク三部作を読んでいて感じたのは形而上学的な意味で、物語と対峙する作者の存在すなわち主体と客体の超克という視点だった。おそらくはコロンビアの学生時分にかなり徹底した西洋哲学、とりわけ実存主義哲学に影響されたのではないか、とそう思っていたのだがここで確認されて良かった。気分は、ちょうど映画「プラトーン」の時代と重なってくる。

 

一九六六-六七年、膨大な読書の年。あれほど本を読んだ時期はおそらく生涯ほかにない。詩だけでなく、哲学も読んだ。たとえば十八世紀のバークリーとヒューム、二十世紀のヴィトゲンシュタインとメルロ・ポンティ。先の二センテンスにもこの四人の思想家全員の痕跡が見てとれるが、最終的に一番しっくり来たのはメルロ・ポンティの現象学だった。具象化された自己をめぐる彼の洞察が、いまでも君には一番納得がいく。(P163)

 

おそらく、このあたりの経験をふまえて十歳で観た映画「縮みゆく人間」のショックの記述があるように思えるのだが。

かつての自分といっても「タイムカプセル」は青年期のことでもあり人生における悩みとともに大学や社会に対する欲求、哲学的な課題、人間関係における葛藤など、ある程度鮮明な記憶として現在と直結している。かつての君は現在ともクロスしていることになる。つまり、存在は時間の変化でもあるのだ。そのことは最終編「アルバム」が証明しているのかもしれない。

自伝風だが自伝ではない。かつての自分と対峙し現在を生き直す画期的な現代小説。今ここにオースターの謎が解きあかされる。あなたはもう、読まずにはいられない!

 

 

 

尽きることのない空間 ガラスの街(P・オースター著 柴田元幸訳 新潮文庫)2020.9.5

 

現代アメリカ文学の旗手といわれるP・オースターのニューヨーク三部作「鍵のかかった部屋」「幽霊たち」とつづいて本著「ガラスの街」と読みすすめていくと、どうやらこの本の方が先に執筆されたことが分った。つまり、ぼくは逆の順を辿るように読んでいたことなるらしい。だが、オースター自身が「鍵のかかった部屋」で書いているようにこれらは究極的にはみな同じようなものだという。あきらかに物語はちがっているのに同じとはどういう意味なのか。

おそらく、オースターの関心はゼロから小説を書くことのプロセスにあったというほかない。つまり、物語を書くという行為とともに書かれた物語とはそもそもどういうものであるか、また書物という形式(制度)において自分との関係性をむしろ意識していたのではないか。ニューヨーク《ガラスの街》はそのことを意味するメタファーとして捉えていい、ぼくはそう思う。ポストモダンといわれる所以でもある。換言すれば、客体化された物語とそれを書いた主体としての身体性を著作という形式においていかに意識化できるかということなのかもしれない。

「そもそものはじまりは間違い電話だった。」とはじまるこの小説「ガラスの街」でもそのことを象徴するようにある布石が施されている。

 

ニューヨークは尽きることのない空間、無限の歩みから成る一個の迷路だった。どれだけ遠くまで歩いても、どれだけ街並みや通りを詳しく知るようになっても、彼はつねに迷子になったような思いに囚われた。街のなかで迷子になったというだけでなく、自分のなかでも迷子になったような思いがしたのである。散歩に行くたび、あたかも自分自身を置いていくような気分になった。(p6)

 

P・オースターという私立探偵と間違われ電話を受け取ったウィリアム・ウィルソンの名をもつ詩人でミステリー作家クインはオースターに成りすましてスティルマン夫人(ヴァージニア)の依頼を受けることになる。その依頼とは精神疾患をもつ息子(ピーター)に危害が及ぶのを恐れ、息子の父スティルマン(コロンビア大学宗教学教授)を監視し定期的に報告してほしいということだった。そう、ほかの二作もそうだったが唐突にも依頼を受けるのだ。

その後、物語は名門スティルマン家のことや幼いピーターが9年間も父によって監禁されたこと、スティルマン自身の著作やそのほかの研究論文などにふれる。

やがてクインはついに老教授スティルマンを探しだし探偵(?)として追跡し監視をつづけながらそのことを“赤いノート”に記すことと報告をすることになる。物語はクインの想像の中で謎解きされるように繰り広げられるがついに彼はスティルマンと遭遇しさらに言葉を交わすようになる。だが、老人はクインと会うたびに「どなたでしたか」と聞き返すのだった。探偵クインはその都度、スティルマンの著作にあるヘンリー・ダークや息子のピーター・スティルマンなどと名乗りスティルマン老人の心意と謎を探るように物語は展開するのだが突如として姿を見失う。クインはそのことをヴァージニア・スティルマンに報告しニューヨークをさまようことになる。

 

スティルマンはいなくなってしまった。老人は街の一部と化した。ひとつのしみ、句読点、はてしなく続く煉瓦壁のなかの一個の煉瓦となった。クインが死ぬまで毎日この街を歩きつづけたところで見つかるまい。いやすべては偶然に帰され、数と確立の悪夢に堕してしまった。何の鍵も、手がかりもなく、打つべき手もひとつとしてなかった。(p166)

 

このことは物語の常として起点をゼロに置き不確かな試行のくり返しの中で物語を書きながら作家自身の存在論的な意味を相対化する生き方を想起させる。

クインは間違われた本人であるはずの優秀な探偵P・オースターに何もかも白状して助けを求めようと電話帳でオースター探偵事務所を調べるがそんな事務所は載っていなかった。だが、個人名の方にはその名があった。そして、クインはP・オースターに連絡しマンハッタンの自宅を訪ねるが、P・オースターは探偵ではなく作家だった。かつて、ウィリアム・ウィルソンの名で出版したクインの詩集のことを覚えていたオースターは、クインの説明を聞き入れ依頼金の受け取りに協力してくれる約束をする。「何か私にできることがあったら、いつでもお電話ください」とオースターは言った。

 

クインはもうどこにもいなかった。何もなく、何も知らず、何も知らないことだけは知っていた。はじまりに送りかえされたばかりか、いまやはじまりよりももっと前にいた。(p189)

 

奈落の底に突き落とされるように資金も底をつき、途方に暮れたクインは何度もヴァージニア・スティルマンに電話するがついに繋がることはなかった。なす術(すべ)のないクインは事件のことを忘れてふだんの暮らしに戻りたいと思ったが、それが認められないということなのだろうかと自問する。無一文となった生活の中でクインは一人ニューヨークをさまよい、街のようすや自身の運命や事のはじまりについて様々な思いにふける。

残った金を引っ張り出してクインはオースターに電話する。そして、小切手が不渡りだったこと、スティルマンがブルックリン橋から飛びおりて自殺したことなど、オースターから何もかもを知らされる。

 

自分がどういう気持ちなのか、クインにはよくわからなかった。はじめしばらくは、何も感じていないような、何もかもが無に帰したような気がした。(p222)

 

107丁目の自分のアパートに帰るとそこはすでに他の人が住んでいてすべてを失ったクインは、放心したように東69丁目のスティルマン家のアパートへ行くと死んだように深い眠りにつく。夢とも現実ともいえない最後の描写ではいつの間にか本著「ガラスの街」を思わせる“赤いノート”を書いているが、クインなのか著者P・オースターなのか不思議な仕掛けとなっている。

まさしく意表をつく鮮やかな展開、この作品で一躍脚光を浴びたとされるP・オースターの記念すべき小説第一作。翻訳は柴田元幸さん(アメリカ文学、東大名誉教授)。どうぞ、お楽しみください。

 

 

 

詩的な広がりと大きなメッセ―ジ あるひあるとき(あまんきみこ文、ささまやゆき絵、のら書店)2020.8.20

 

この絵本は第二次世界大戦末期、中国の大連から日本へひきあげた体験をもつ著者あまんきみこさんによる切実なおもいをこめた主著といえる。

絵本という形式をもって小さな子どもたちへ戦争とそのおもいを伝えることは容易であるはずはないけれど、著者は《こけし》との関係性を自らが体験した戦争末期のようすと現在を相対化することでその時代に生きた幼い子どもの精一杯のよろこびと哀しみをみごとに描いている。おもえば、時代を超えて子どものイノセントな感覚はその時の不条理を明確に顕在化させるものである。

 

『僕たちの家に帰ろう』(中国)、『ミツバチのささやき』(スペイン)、『泥の河』(日本)、『さよなら子供たち』『禁じられた遊び』(フランス)、『友だちのうちはどこ』(イラン)、ライフ・イズ・ビューティフル(イタリア)など子どもと戦争を描いた映画も多々あるけれど、最近になって観た中では『ジョジョラビット』(アメリカ?)もそうだった。この絵本の帯には「あのとき、せいいっぱい生きていた 幼い子どものこころ」とあるけれど、子どもはいつでもどこでも精一杯に生きている。

著者はどこかで次のように述べている。大連での体験は、26年前に出版社の小冊子に《ある日ある時》というタイトルでエッセイとして発表したことを機にそれを物語にしようと考えて来たけれど、どうしてもできなかったという。だが、あるとき小さな「わたし」と今の私の距離がふっととれた瞬間があり、あの時の自分と向きあえることができた・・・と。

 

このお話しはあかるくのびやかに今を生きるユリちゃんが大切にしている《こけし》をみつめながら、著者が幼いころ大切にしていたハッコちゃんという《こけし》をおもいだすことでその時代のこと(戦争)を描いていて小さな子どもたちにもやさしく伝えている。

ささめやゆきさんの絵もクレヨン画で著者がいつもハッコちゃんを大切にしているように丁寧に描かれている。

著者は願いと祈りをこめて戦時下に生きた幼い子どもたちがいたことを伝え、この絵本の中のユリちゃんたちのあかるくのびやかな笑顔の未来がいつまでもつづき、ひろがりますように、としている。

 

きわめてシンプルな絵本であるけれど、はかり知れないほどの詩的な広がりと大きなメッセ―ジを感じさせる名著といえるのではないだろうか。

 

 

《居候》的散文のスタイル 戸惑う窓(堀江敏行著 中公文庫)2020.8.10

 

なるほど、『戸惑う窓』とは言い得て妙だな。この作家ならではのしゃれた表題というだけでなく、〈窓〉そのものがもつメタファーとも受けとれる不思議な広がりを感じさせる。いうなれば、本著は堀江さんご自身の体験にもとづく〈窓〉を訪ねる25篇からなるもので、この作家の〈窓〉の記憶とその考察ということになるのだがエッセイともポエムともはたまた評論ともいえそうな知的で洗練されたその散文の呼吸はそれ自体が作家特有の文体であり堀江文学のスタイルといえる。

おもえば、初期の『郊外へ』から『熊の敷石』『いつか王子駅で』『雪沼とその周辺』、最近になって読んだものでは『その姿の消し方』『もののはずみ』にしてもそのスタイルはどれをみても共通しているといえる。そのことはすでに著作『回送電車』において〈居候〉のダンディズムという回送電車の存在価値を自ら理想とする姿としてその文学的立ち位置をはっきりと宣言されていることからも肯ける。

それにしても『雪沼とその周辺』にある一篇『イラクサの庭』の雨の描写でもそう思ったのだが、その知的で洗練された文体には本当に驚かされるばかりである。

 

採光や遮光というカメラのシャッターとおなじ機能をもつ窓に精神的な明暗と開閉の暗示を見ることはたやすいのだが、日常生活における窓には、人や物が出入りする穴という、もっと実用的な役割もある。(p39)

 

確かにそうだ。高松伸の設計による植田正治写真美術館を訪ねたときも部屋そのものがカメラの暗箱になっていて逆さになった大山が巨大なレンズ窓からの光による景色として映し出される仕掛けとなっていた。それにしても『戸惑う窓』とはこうした実用的な役割だけでなく、謎めいた不思議な広がりを感じさせるところがある。それは何を意味するのだろう。

 

窓については個人的にもずいぶん悩まされたこともあるけれど、それは室内を形づくる壁やそこに掛けられた絵画とはちがい、まさしく次元を異にする窓口のようでもあった。たとえば、室内全体を意識した空間造形を考えるとき物理的に二次元の壁や絵画のように考えるとそれこそ失敗の原因となったし、それは三次元的な奥行きをもつ特別のスペースだったのだ。ただ、ジェームス・タレルの天窓からの眺めはまた格別の宇宙的な広がりを感じさせるのだが、堀江さんならタレルの天窓の世界をどのように表現されるだろうか、などと勝手な空想にふけりながらこの『戸惑う窓』を読んでいたような気がする。

 

いうなれば、『戸惑う窓』とは著者が接した絵画や小説や映画のほかに、パリの中庭や街並みにみられる窓の景色のほかに窓そのものについての考察などその背後に広がる記憶や意識その経験のあり方と奥行き自体がそのまま小説になったとも考えられる。たとえば、「窓と扉のあいだで」と題したマチスの《コリウールの扉窓》「という作品についての記述は次のようになっている。

 

この絵が《コリウールの窓》に留まっていたら、深い瞑想を思わせる闇と明るい色の組み合わせにふさわしい直線のリズムは生まれなかっただろう。色彩の音楽の中で、一歩向こうに広がるなにかを期待させる窓、それが扉窓ではないか。(p44)

 

窓よ、お前は期待の計量器 

一つの生命がもう一つの生命へと 

思い溢れてみずからを注ぐとき、 

幾度となくお前は期待で充たされる。(矢内原伊作訳)

 

絶えず変化する海のように、 

引き離したり引き寄せたりするお前 ― 

そのガラスの上で急に私たちの姿が 

向こうに見えているものの姿に混ざりあう。(堀辰雄訳)

 

マチスの絵が、このリルケの揺れ動く「窓」を連想させずにおかないのだ ― 曖昧な恐怖を内包した「窓」の、深みのある表面という、ついに解決できない謎の体感を。(p46)

 

まさしく、文学者ならではの独特の感覚というほかないけれど、偶然にもマチス、ワイエス、ボナール、ハマスホイといった思いがけない人物名の登場といい、「仕立て屋の恋」「裏窓」「箱男」といった映画や小説などについても紹介されていて、本著は体験を共有できた嬉しさとともに親しみを感じる身近な一冊となった。

 

 

屈折と欺瞞の謎 日本戦後史論(白井聡 内田樹共著 徳間書店)2020.7.30

 

本著は話題となった白井聡著「永続敗戦論」が刊行されたばかりの頃に企画され、白井氏とともに幅広い知見で知られる文学者で哲学者、武道家でもある内田樹氏との三度にわたる対談をまとめたものとある。帯には「この国を覆う憂鬱の正体」「戦後70年、“敗戦の否認”の呪縛を直視せよ!」とあり、たいへん興味深いフレーズがひときわ読者の眼をひく。

冒頭、白井氏は政治を学問的に取り扱う際の手続きとして、二十世紀前半の二つの世界大戦をふまえ二十世紀後半の人文・社会科学は、ナショナリズムとしての愛国主義に対する批判的解明の作業を進めることになった、として次のようにいう。

これらを踏まえたうえでなお、内田さんと私の対談は愛国主義を打ち出すものとなりました。その理由は、一つには、ならず者たちの愛国主義が猖獗を極めているという事情があります。上は内閣総理大臣から下はヘイトスピーチの市民活動家に至るまで、郷土への愛着は何ら感じられない一方、幼稚な戦争趣味と他国民への攻撃性だけが突出した悪性のナショナリストたちが、愛国主義の旗印を独占しています。これらの輩が、愛国者面をした単なるならず者であることを徹底的に暴露しなければなりません。(p6-7)

本著では日本人にとって戦後とは何だったのか。いま起きている問題の根底にあるものは何か、として四章に分けてまとめてあるけれど、対談は両者の深い見識と歴史文化を包括しながら俯瞰的なまなざしでこの国のアイデンティティにかかわる屈折と欺瞞にみちた謎の解明に明晰なロジックで切り込んでいてたいへん分かりやすくおもしろい。とりわけこの国の戦後史において、世界中の国々が日本はアメリカの属国だと思っていても日本だけが自分は主権国家だと思っている。これほど奇妙な敗戦国は世界史上類を見ないという。この国の支配層が敗戦の責任追及から逃れる術として、冷戦構造の中においてアメリカ陣営に付くことで、かつての敵をこれからは仲間と思い込むことにした。これが敗戦の責任を有耶無耶にするメカニズムだと白井氏はいう。さらに、「永続敗戦」という概念について次のように述べている。

第二次世界大戦が終結し、日本にとっては敗北という形で終わりました。この純然たる敗北、文句なしの負けを、戦後の日本はごまかしてきた。これを私は「敗戦の否認」と呼んでいます。(p90)

また、戦後の日本は民主的な国家になったと言われますけど、それは虚構だという。

対国内的には敗戦をごまかし、アメリカに対しては無条件降伏しました。お手上げです。日本の保守政治勢力はアメリカの許しの下で権力の座に留まった訳ですから、彼らがアメリカに対して頭が上がるわけがありません。これが対米従属と呼ばれる構造を形成した根本原因です。こうやって日本はアメリカに永遠に負け続ける。(p92)

一方、内田氏はこの国の文化的特殊性というか、日本社会がもっている固有の人間関係の特殊性から、この「対米従属と対米自立」構造についてこれを「のれん分け戦略」と説明する。われわれ日本人にとってはそんなに違和感のあるものではなくなじみやすいものだとし、いうなれば忠義を尽くし利害の完璧な一致を誇示することで独立を獲得する、という考え方だとしている。

しかしながら、第二次世界大戦後の世界秩序を見れば、ソ連の子分になるか、アメリの子分になるか、選択肢はなかったことを考えれば単に対米従属そのものを批判しても仕方がない。また、55年体制を前提にすれば、アメリカべったりの自民党とソ連寄りの社会党の構造だからこそ、国家主権や相対的な自立性が確保されたという。さらに、平和憲法の立場の問題もあった。だが、55年体制は崩れ冷戦終了後も対米従属が続くのはなぜか。

とりわけ統治システムにおいて、戦前の天皇が占めていた位置にワシントンが入る形で永続敗戦の構造を戦後の国体とすることになった。だが、内田氏は次のように分析する。

東西冷戦構造が解体して、世界が液状化したことによって今まで日本人が使ってきた「ワシントンの大御心」を忖度するという戦略が機能しなくなってしまっている。そのせいで、日本の外交は右往左往している。アメリカだって複雑な外交戦略を展開しているわけですけど、その複雑な変数を処理できるだけの演算能力がもう当のアメリカにもない。(p101-102)

これはじつに由々しき事態であるけれど、誰もその責任を取ることはなく非決定的な「ことなかれ主義」が蔓延する。安倍政権が主張する《戦後レジュームからの脱却》《美しい国、日本》とは何か。ますます劣化する国状とともに憲法改正をとなえ対米従属を強化するベクトルとなっているのは誰の目にも明らかだろう。この理解しがたい矛盾にみちた美しさとはこれこそ大いなる欺瞞以外の何ものでもない。

けだし、国体という観点からみても日米合同委員会で承認された地位協定は主権国家としての権利を侵害した不平等な協定にもかかわらずそのことを主張することは一度もなかった。それこそ属国でありながら主権国家、民主主義、平和主義などと《ごっこ遊び》に明けくれ経済発展を遂げることで状況を受入れる他なかったのかもしれない。

おしまいには「日本人の中にある自滅衝動」という第四章、話はついに安倍首相の人格乖離にまで及ぶことになり、内田氏は次のように分析する。

政治家になる過程で、彼はかなりいろいろなものを切り捨ててしまったんだと思います。優しくて、人の話をよく聞いて、穏やかな人物では政治の世界を生き抜けない。別人のペルソナを借りるしかない。生身の自分の弱い部分を切り離して作ったバーチャル・キャラクターだから、やることが極端なんです。生身の身体をひきずっていると、言葉づかいはもっと曖昧になるし、もっと深みも出てくる。(p202-203)

これに対して、白井氏はついにインポ・マッチョという性質の悪さ、すなわち自分がインポであるということを何がなんでも否定することになり、換言すればこれが「敗戦の否認」だとしている。

だが、どこの国でも「不都合な事実」は否認されるものだとしてそれが統治や社会システムの歪みの原因となる、と内田氏はいう。アメリカにおける原住民虐殺と奪略の歴史、フランスのヴィシー政権の隠蔽、また、ドイツはどうかといえばナチスにすべての「穢れ」を押しつけて、「一般ドイツ人はナチス独裁の犠牲者だった」という物語を基礎づけた。

とりわけ、日本はその意識がきわめて強いけれどもドイツになれなかったのは天皇の訴追ができなかったことで独自の《否認》を考える他なかった。そのことは歴史修正主義へと姿を変え《敗戦の否認》、すなわち《永続敗戦レジューム》へと帰結していくことになった。

日本の「占領時代」何があったか、アメリカの情報開示を待つしかないのだろうか。だが、岸信介も賀屋興宣も正力松太郎もCIAの協力者リストに名前があるという。その末裔たちが今も政権中枢にいることを思えば、特定秘密保護法制定を急いだ理由もその実態を隠蔽する目的があったということなのか。この対談を通じて白井氏は自ら打ち出した《敗戦の否認》という概念を深めていくヒントを得たという。否認という概念はフロイトの精神分析学に起源を持ち明白に病的な状態だといえるがこれを治すことは簡単ではないという。だが、これを認めることからしか話は始まらないとして、永続敗戦レジュームの中核層やその支持層こそこの病気を深く患っているとしている。

本著は大胆なロジックと的確な言葉によるきわめて良質の戦後史論となっている。

 

 

 

ワンルームの部屋を去る時まで 幽霊たち(ポール・オースター著 新潮社)2020.7.3

 

この小説「幽霊たち」はP・オースターのニューヨーク三部作の一つといわれ、この作家ならではの現実と非現実が入り交じったようなストーリー展開と設定で書かれている。それゆえに抽象的な趣が漂っているといえる。作品の表題となっている《幽霊》とは何を意味するのだろう、と不思議な気がするのだ。登場人物の名前でさえ、固有名詞ではなくいうなれば記号化されたブルーとかブラック、ホワイトというシンプルな呼び名が使われている。

 

報酬は毎週小切手を郵送する。それからホワイトは、ブラックの住所、人相などをブルーに伝える。日にちはどのくらいかかりそうでしょうか、とブルーが訊ねると、わからない、とホワイトは答える。とにかく次の指示があるまで、報告書を送ってくれ。(p4)

 

私立探偵ブルーがホワイトから依頼されたのはブラックという人物の監視とその報告をするだけの仕事だった。ブルーはブラックを監視するため通りを隔てた向かいにある褐色の石造りの四階建てアパート、そのワンルームの部屋を用意されそこから窓越しに見えるブラックのようすを覗い報告するのだ。いうなれば、きわめてシンプルで退屈な仕事といえる。

若いころ、スティーヴン・スピルバーグ監督作品『激突』という映画を観たことがある。その映画は一台の大型タンクローリー車を追い越したことからか、今度は逆にその大型車に追われるようになり、精神的にも追いつめられる内容の作品だった。最後はどうなったか定かではないが、きわめてシンプルな設定でおそらく制作費もそれほどかかっているとも思えない映画だった。

この小説では、延々とつづく退屈な情景を眼前にしてブルーの気持ちが微妙に変化していくように展開される。

 

二日後、ブルーのもとに、いつもの郵便為替とともに、ついにホワイトからのメッセージが届く。ふざけた真似はよせ、とそこには書いてある。

(・・・略)けれども、ふざけた真似というのが前回の報告書のことを指すのか、それとも郵便局での出来事を指すのか、ブルーにはよくわからない。(p96-97)

 

だが、その微妙な変化(差異)がじつは大きな意味の変容を起こすといえばいいのか、監視しているブルーが逆にブラックやホワイトに監視されていると思われるように変化する。さらに、ホワイトの存在も相対化され物語は複雑な様相と展開を示すようになる。いうなれば、この物語を虚構の産物とすれば現実は退屈な状況のままで何ひとつとして変わってはいないのかもしれない。

 

訳者あとがきにあるように、自己と他者、現実と虚構、必然と偶然、言葉と物、といったいわゆるポストモダニズムの文学が好んで扱う問題を否応なく意識させる。この作家がカフカやサミュエル・ベケット、安倍公房らと比較され評される所以がそこにあるともいえるだろう。ここで表題についてあらためて考えてみると《幽霊たち》とは虚構としての物語そのものを意味するのだろうか。

次作の「鍵のかかった部屋」をかさねて考えてみるとP・オースターの眼差しはおそらく物語だけではなく、それを書く作家とは何か、またそれにかかわる読み手が経験する意識の変容のあり方とは何を意味するのかという形而上学的な問いとともにあるように考えられる。それゆえに、あえて《幽霊たち》と複数形でそのことを意味しているのではないだろうか。あるいは、不可解さの中において無意識と対峙し認識の変容を企てているようにも思える。

 

だが物語はまだ終わっていない。まだ最後の瞬間が残っているのだ。それが訪れるのはブルーが部屋を去る時である。世界とはそういうものだ、一瞬たりとも多すぎず、一瞬たりとも少なすぎない。ブルーが椅子から立ち上がり、帽子をかぶり、ドアから外に出て行く―そのときこそが終わりなのだ。(p180)

 

つまり、ブルーがブラックを監視する仕事の依頼を受け、用意された褐色の石造りの四階建てアパート、三階のこじんまりとしたワンルームの部屋を去る時までのことなのだ。

 

とり憑かれたような感覚 鍵のかかった部屋(ポール・オースター著 白水社)2020.6.27

 

なんとも不思議な読後感だ。この小説の全体を意味する大きなメタファーともいえる「鍵のかかった部屋」は、いつの間にか不在の人物ファンショーにとり憑かれたような奇妙な感覚と人間の本質存在論的な不可解さに引きずられるように否応なくそのことを考えさせる。つまり、この物語はファンショーという不在の人物をめぐって一人称で書かれた僕によって語られるのだが、構造的にみて三つの時間軸で重層的に描かれているからかもしれない。

たとえば、記憶の中にある親友ファンショーと過ごしともに成長した幼少期から青年期までのいくつかのエピソードや家族関係のこと。つまり、ファンショーが残した膨大な原稿を書いたと思われるその時のことだ。

 

この雪におおわれた、開いた墓穴でも、それと同じようなことが起きていた。ファンショーは一人下にいて、自分だけの思考にふけり、自分だけでその瞬間を生きていた。まるで本当は僕などそこにいないかのように。これが父の死を想像するためのファンショーなりのやり方であることを僕は理解した。ここでもまた、ことはまったくの偶然から始まっていた。開いた墓穴がそこにあり、ファッショーはその墓穴が自分を呼んでいると感じたのだ。(p46)

 

そして、不在となったファンショーが残した膨大なノートや原稿のことで妻ソフィーから突然の連絡を受け、彼の意に沿ってそれを著作として刊行するために出版者として関わることになる。

 

その通りだった。結果的には、おそらくスチュアートが想像もしなかったほどの「めっけもの」だった。『どこでもない国』はその月の末に出版が決まり、と同時にほかの作品も同じ出版社が優先権をとった。(P64)

考えてみればたしかに、ファンショーの原稿がすべて出版されたとして、そのあと僕が彼の名前を使ってもう一冊か二冊本を書くことはまったく可能である。もちろんそんなことをする気は僕にはなかった。でもそう考えてみるだけで、僕の頭の中に、奇妙な、謎めいた想いがあれこれ浮かんできた。作家が自分の名を書物に記すことにはどういう意味があるのか?(P76)

 

さらに、僕の手によってファンショーの『伝記』を執筆することで、物語それ自体を相対化し現在を読み手と共有できる時間が重なる構造となっている。

 

『ガラスの街』『幽霊たち』、そしてこの本、三つの物語は究極的にはみな同じ物語なのだ。ただそれぞれが、僕が徐々に状況を把握していく過程におけるそれぞれの段階の産物なのだ。ぼくは自分が何か問題を解決したのだなどと主張するつもりはない。僕はただ、起きた出来事を振り返っても自分がもはや怯えなくなった瞬間が訪れた。ということを伝えようとしているだけなのだ。そういった瞬間に続いて言葉が生まれ出てきたとしても、それは単にそれらの言葉たちが僕に望んでいる方向に進んでゆくしか手はなかったからだ。だが、それだけでは、それらの言葉が重要だということには必ずしもならない。僕はこれまで長いあいだ、何かに別れを告げようと苦闘してきた。この苦闘こそが何にもまして重要なのだ。物語は言葉の中にはない。苦闘の中にあるのだ。(P183)

 

ニューヨーク三部作といわれポール・オースターの名を知らしめた作品の中でも本著『鍵のかかった部屋』とはじめて出合った衝撃はぼくにとって驚きだった。

この小説を読みながら、ぼくはロシアのイリヤ・カバコフというアーティストの「シャルル・ローゼンタールの人生と創造」という展覧会のことを思い出していた。それはイリヤ・カバコフが《シャルル・ローゼンタール》という作家を想定しその人の人生をふりかえる回顧展という手の込んだ設定で行われたのだが、この作品が著者の手記とも自伝ともとれる様式をもちながら人間の本質存在を明るみにする稀有な物語として描かれていると思ったからかも知れない。

ここでは主人公として登場する(しない?)ファンショーという人物が本当に実在するものなのか、失踪したあとに生きているのか死んでいるのかさえ不確かなまま物語は進行し、あるいはフィクションとして語られる装置のようにも感じられる。

だが、ベンとソフィーの存在する事実からおそらくそれらしき実在の人物が存在したことは事実というほかない。ファンショーはおそらくこの物語の架空の人物として用意されたフィクションとしての存在のような気がするのだが、そのこと自体はこの作品にとって大した問題ではない。

いうなれば推理小説の形式を示しながら完結してとじられる世界ではなく、ポール・オースターという作家のきわめて観念的で人間的なまなざしが捉えた客体化された物語をそれにかかわる主体(作者として読者として)との存在論的なあり方を目論んでいることに注目したい。そういう意味では現実と非現実との間を流動的に往復できる装置として現在を描いたきわめて斬新でシリアスな物語といえるのではないか。

余りにも個人的な思惑に埋没した思弁的な捉え方とおこられるかもしれないが、ぼくはそういう作品があって欲しいとそう思うからでもある。

カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」、町田康「ギケイキ」、P・オースター「鍵のかかった部屋」とつづけて読むことになったが、なんの脈絡もない不節操な読書の仕方と思われるかもしれない。だが、これほど異質の作品でありながらいずれも第一級のすぐれた作品であることに疑いの余地はない。

なにはともあれ、これはニューヨーク三部作をはじめ、ポール・オースターにとり憑かれて読むしかなさそうだ。

 

 

ぶっ飛んでいて愉快 「ギケイキ 千年の流転」(河出文庫)2020.6

 

ひさしぶりの町田ワールド。やっぱり、ぶっ飛んでいて愉快おもしろいです。それも、カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」のつぎに手にしたのがこれですよ。このギャップの心地よさはどういえばいいのかなぁ神田伯山もびっくり、あまりに楽しすぎて狂乱しそうです。しかも、日本の古典文学の王道をあの独特の文体で闊歩(かっぽ)するのだから堪らない。

いわれてみれば確かに、本著「ギケイキ 千年の流転」は《パンクロック調》のコンサートのような現代小説といえる。つまり、《本歌とり》のようでもありスタンダードな代物に即興的にアドリブを交える演奏みたいな手法で、現代感覚をクロスさせながら激烈に描いた滑稽で悲痛な娯楽超大作といえるし、いうなればきわめて知的な小説と換言することもできるのだ。

それ故に、いみじくも古典の絶対音感をもつ「音」の文学とする大塚ひかりの解釈もきわめて説得力のあるロジックとして受けとれる。『本歌とり》とはいうまでもなく「義経記」ということになるけれど、これを「ギケイキ」とする音感と変幻自在のリズム感とアドリブを駆使した描写と筆力はまことに見事というほかない。《判官とホーガン》、確かにぴったりではないか。

 

「くっすん大黒」「パンク侍、斬られて候」などにもみられるように、どこまでもどこまでも過剰なまでに増幅する思いこみで修飾することばの語感といえばいいのか、その超絶文体は読み手の気持ちを一気にひき込み読ませるパワーがある。

例えば、内田百閒や堀江敏行の小説にもこのように特有の美意識や観念的できわめて個人的な思い込みによる長描写で修飾する書き手もあるけれど、町田スタイルはそれが際限なく増幅するところがある。おそらくは、それも計算づくと思われるのだが、なぜか天才的な感じがあって不思議である。

本文の中から一部を紹介してみよう。

「武蔵坊弁慶、怒ったらあかん。こいつらが笑ったのは別のことで笑ったんですよ。自分が笑われてもいないのに、みんなが俺を笑っているなんて言うと、いかにもメンヘラみたいでカッコ悪いですよ」

と、言って弁慶を諭した。そう言われて、カッコ悪いことを極度に嫌う弁慶は、それもそうだ恥ずっ。と思って、気まずい感じで部屋を出て行った。

 弁慶が部屋を出て行き、もしかしたら殺されるかも知れない。とそう思って半泣きになっていた若い僧たちは、ほっと安堵の溜息を漏らした。

しかし、学頭は苦り切った顔で、なんということをしてくれたのだ。という意味のことをぶつぶつと呟いていた。(p291)
 

と、まあこんな具合だから仕方がない。

 

本編では《源平の戦い》をまえにして、奥州平泉の藤原秀衡のたもとをあとにして義経らが頼朝と合流し源氏総決起のところまでとなっているけれど、あの有名な那須与一宗隆の活躍から壇ノ浦の戦いまでを盛り込んだ続編を期待したいところだ。

それにしてもこの『源平の戦い》というのは数々のエピソードとともに、いろいろな演出やはかりごともありそれぞれがいかにも絵になるしイメージを膨らませればいか様にもアレンジできそうな気がしてくる。

著者の手にかかれば、それこそ変幻自在どこへ連れていかれるか見当もつかないくらい恐ろしくも興味津々なのであ~る。町田康著「ギケイキ」どうぞお読みください。